ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

だからわたしは結婚できない

随分前の記事でも書いたけれど、もともとわたしの頭の中では「結婚」と「幸せ」が結びついていなかった。

honto-no-honto.hatenablog.com

どうしても、壊滅的に片付けができない自分の性格が相手の人生を台無しにする可能性や、共働きなのに自分ばかり家事の負担が増えて不公平感にさいなまれる可能性など、ネガティブなことしか考えられていなかった。

 だから、ずっと一人で生きていくのだろうと思っていた。

今の彼に出会うまでは。

 

彼に出会って、初めてデートした帰り道、突っ走った心で「まあなんとかなるやろ」と思った。「一緒に生きていける」と。根拠もなく。

 

 

で、まあ数か月一緒にいてみて、実際「やっていけそうだ」という思いは強くなった。

 

例えば、わたしは料理は苦手じゃないが、「毎日、こつこつ」はものすごく苦手なので、「わたし、一緒に暮らしても毎日ご飯を作ったりはできないと思うよ」と言ってみたところ、彼はのんびりと「別にそういうのは求めてないよ」と言った。

 

例えば、「片付けが本当にできなくて、学生時代は部屋に足の踏み場がなかったよ。半年ぶりに片付けようとしたら散乱したごみの下からカマキリの死がいが出てきたことがあるよ」と言っても、「俺に片付けさせてくれるんなら俺がやるよ」と言う。確かに、一人暮らしの彼の部屋はいつもほどよく整理整頓されている。片付けがそんなに苦にならないタイプのようだ。

 

すごいぞ! わたしの生活上の最大の欠点も、彼と一緒なら無効化されるんじゃないか。

ドキドキした。もしかしたら、結婚しても不幸にならないのかもしれない。

 

 

また、先週なんかは 

「結婚したら子どもは二人以上ほしい」

と彼が言い出し、さらに

「最近は待機児童が問題になってるけど、やっぱり4月じゃないと保育園に入れるの難しいみたいなんだよね。だから産む時期によっては生後数か月で入れてしまわないといけなかったり、逆に数か月で職場復帰したくても、1年以上育休を取らざるをえなかったりすることもあるみたい」

などと話す。内容が具体的すぎる。


わたしが「育休1年以上を2回も3回も、はつらいなあ」と不安を口にすると、

「うん、だからさ、俺子どもができたら育休取ろうと思ってるんだ」

と言う。まじか。

「あとさ、俺料理できないし今までその必要性も感じてなかったけど、子ども育てるってなったらちょっとはできた方がいいよね。しゅうちゃんが仕事で遅くなることもあるだろうし」

「!」

すごいぞ! めっちゃ考えてる! めっちゃ先のこと考えてる!!!

 

おや、これはひょっとして、この人と結婚したら幸せになれてしまうんじゃないか? わたしはもしかすると、「世の男性」というものを十把一絡げに考えすぎていたのではないか。彼は違うんじゃないか。

「結婚したら夫の面倒も子どもの面倒もなんだかんだ女が見さされる→つまり女のわたしは仕事や趣味に割ける時間が著しく減る上に苦手なことに時間を費やす生活をしなければならない→生きたい人生を生きられない」と思っていたのだが、むしろ得意分野を提供しあえば互いにゆとりが増えるのかもしれない。これはすごい発見。

 

 

しかし。

昨日一緒に本屋さんに行ったときのことだ。

初心者向けの料理本が目に止まったので、わたしはうれしくなって「見て見て。一緒に暮らすようになったらさ、こういうの買って練習しようよ」と言ったところ、彼は「え」と一瞬フリーズし、すごくめんどくさそうな顔で薄く笑った。

「え。面倒くさいの?」

「うん…」

なんだよ! 先週自分でやるって言ったんじゃないか。あれは口先だけだったのか?

「とりあえずチャーハンだけでも作れるようになっとけばいいじゃん」と言っても「うーん」とめちゃくちゃ面倒くさそうである。

 

昨日の会話はそれで終わったのだが、今日になってなんだかモヤモヤしてきた。

 

あれって「ご飯作りません宣言」じゃないか? 夫婦二人の時はそれでよくても、子どもができても「ご飯作りません」が続いてしまうと、結果わたしの負担ばかり増すのではないか? やっぱりなんだかんだわたしが家事・育児の大半を担わないといけないんじゃないの? それって残業が必要な部署には今後十年くらいは行けませんってことじゃない? 結果、面白そうな部署への配属希望は叶わず、出世もほとんど見込めなくなるのでは…?

働き方改革が進んでみんなが残業ゼロで働けるようになればいいのかもしれないけど、そんなの数年以内には実現しませんよね?

ああ、どうせ、時短制度を使って正社員として働いてるだけで「女性の社会進出が進んだ」とか言われて、係長程度にしかなれずに定年しても「男女平等になった」みたいに言われ、家事・育児の2割くらいしか手伝わない夫が「イクメン」を名乗るのだ。はいはい。結婚なんて結局そんなもんだ。

それってもう生きてる意味ないんじゃない? 世間一般の女性がどうかは知らないけど純粋にわたしにとって、その人生ってどれほどの価値があるの?

 うん。わたしは結婚できないな。もうやめちまえ、彼との結婚なんて。こちとらそもそも結婚願望がないんじゃい。なんでもかかってこいや。

 

……というところまで考えた。

だいぶ喧嘩腰である。


しかしそんな「嫌だから全部いらない」という考え方では何も発展しないな、と今これを書いていて少し反省。そもそも、上記の未来はわたしの妄想でしかない。

それに今はまだ来年以降の転職先が決まらないから何とも言えない。

転職先が決まったら、きちんと話をしよう。

でもきちんと建設的な話ができるかな。今のわたしは「家事・育児は夫が手伝ってくれればいいとかいうままごとではなく、夫婦どちらかに偏りすぎることなく二人でシェアすべきものだ、異論は認めない」くらいの気持ちでいるけれど、それでは相手を言い負かすための口論しかできないのではないだろうか。


こういう問題って難しいな。


二人とも嫌ならアウトソーシングに頼りまくってもいいのかな。それだけの収入があれば、の話だけれど。保育園にいない時間帯の育児ってどれくらい外部委託できるものなのだろうか。でも例えば家事代行業者さんにご飯(離乳食含む)だけでも作っといてもらえれば楽なのかな。これから時差ビズやテレワークの導入が進んで、夫婦どちらかが7時‐4時、とか、今日はわたしがテレワーク、明日はあなた、みたいな働き方ができれば、どちらも仕事を諦めないで済む? 夫婦間の不平等に耐えられないなら、別々に暮らして一人で子育てしてもいいのかもしれないし、離婚を視野に入れた結婚(?)でもいいのかもしれない。子どもを産まない、という選択肢だってある。彼が了承すれば、だけど。とは言えチャーハンくらい作れるようになってほしいというのは譲れないな…… 

 

……と、いろいろ考えたけれど、これもわたしの妄想でしかない。

婚約する前からこんな具体的な話をしたら、怖気づいて彼は逃げてしまうだろうか。だとしても、彼のことは人として好きだから、恋人や夫婦でなくても、良き友人になれればわたしは十分かもしれない。そして40過ぎて子どもを産むプレッシャーから解放されたあとに誰かと結婚できるのが一番幸せかもしれない。などと今日はつらつら思った。