ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

夢と仕事と結婚と(?)

気づいたら前回の記事から2か月もたっている。

 

この間、年度が替わって残業が続いたり生まれて初めてフェスに参戦したり、アートイベントのボランティアスタッフをやったり、そして以前の記事でも書いたように転職活動をしたりしていた。

というか、現在進行形でしている。

わりと忙しい。

honto-no-honto.hatenablog.com

 

内定には当面たどり着きそうにない。

今の職場での勤務経験なんて、「腰掛けの事務員さんかな?」程度のものしか任されていないので、普通に転職活動をしたら今より待遇の悪い所へしか行けないと思われたため、21,2歳の若者に交じって定期採用枠に応募している。

28歳でそもそも受けられるのか?とも思ったが、年齢要件の緩い会社も探せばいくつか見つかった。とはいえ、3つ応募したうちの2つは、まさに今日不採用の通知が来ていたから、まあ普通に考えて不利なのだろう、とは思うけれど。

わかっちゃいたけど、不採用通知は意外と落ち込む。

 

あと年齢をあまり気にしなくていいところとなると、公務員試験。とりあえず受けられるところは全部受けていくスタイルで。

秋か冬くらいになってまだ内定がなかったら、その時は転職エージェントに頼ったりして普通に転職活動をしようかと考えている。わりとのんびりしたプランだ。4月から係の人数が減らされたので、できれば年度末まで今のところで働いて責任を果たしたいためである。

 

 

しかし、ここのところ、

「自分は一体何をやりたいんだろうなあ」

勤務時間中でもトイレの中なんかでぼんやり考えてしまう。

 

ゴールデンウイークは5日間ずっと彼氏と過ごした。ろくに公務員試験の勉強もせずに。もうべったりである。

 

「別に仕事なんて激務じゃなければなんでもいいじゃん。この人とべたべたする時間がたっぷりあれば人生それでいいじゃん」

とわたしの中の怠惰な私がわたしにささやく。

そうかもしれない、と思いつつ、なんだかそれでは負けを認めるようでちょっと怖い。負けを認める、というか、これまでの自分の生き方や価値観に赤ペンで大きく×をつける、というか。そしてこの先何年も、「こんな人生をわたしはもう選んでしまったのだ」と、後悔とも諦観ともつかないため息をつきながら生きていく気がするのだ。

 

 

「自分は何をしたいのか」を自問自答するとき、必ず顔を出すのが子どものころからの「夢」である。今や滅多に手にすることもなくなったそれが、「呼んでいるのは僕のことでしょう?」とにやにやしながらすり寄ってくるのだ。もはや呪いでしかない。

やめてくれよ、君がいると他のことを考えづらくなるんだ。もういいかげん他所へ行ってくれ。

右手を振り回して「彼」を遠ざけながら、左手はちゃっかりその服の裾をつかんでいるのだから始末が悪い。

「彼」は髪がさらさらして頬のぷっくりした無垢な少年としてわたしの眼には映っているが、傍から見たら、もう動かない、物言わぬミイラを抱いているようにしか見えないのだろうな、と思う。

大人になっても漠然と抱えている夢って、たいていそんなものだ。

 

 こんなものを抱えたまま、あの人と生活するなんてできそうもない。

 

そう思い至るとわたしはうろたえ、そして一人になりたい、と思ってしまう。けれど次々やって来るエントリーシートの締め切りや面接の日程に追い立てられ、自分に発破をかけて志望動機をひねり出しているうちにそんなことも忘れ、忙しさの中に充実感すら見出してしまう。そしてふとトイレの中なんかで自問自答したりして、エンドレス。

最近、ふわふわと浮ついて地に足がつかない感覚が増している。

 

幸せになりたいとも楽になりたいとも思わないけれど、もう少し具体的な形ある人生を送りたいな、とちょっと思う。