ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

アップデート

月曜の朝、出勤しようと家を出て、手袋をはめた手で鍵をかけた瞬間、

 

 あ、アップデートされてる。

 

と感じた。

わたしが、アップデートされている、と。

よくわからないが、わたしの中のパーツがひとつだけ別のものに交換されたような。ちょっとだけ仕様変更されたような。そんな感覚がポッと生まれたのだ。会社へ向かう足が心なしか軽い。

 

前にもこんなことがあった。27歳の誕生日。あれは今回みたいな小さなモデルチェンジみたいなものでなく、全身リニューアルされたようなかなりくっきりした体験だったけれど。26歳のわたしを脱ぎ捨て、曇っていた視界が急に明るくなった。見えなかったものが見えるようになったような。世界にじかに触れているような、けれど誰からも傷つけられることのない強い皮膚を手に入れたような。怖いものがいくつも、いっぺんに消えたような。

昨日までの自分とは違うのだ。はっきりそう思った。

 

 

今回のアップデートはもっとささやかなものである。

それでも、先週の金曜日まで、同じように出勤していた自分とは確実に違っている。何かが変わったのだ。わたしが機械仕掛けのロボットならば、わき腹部分の内部の小さな歯車が一つだけ、知らないうちに交換された、そんな感じ。機能にほとんど変更はない。前までも不具合は出ていなかったし今回の部品も問題なく適合している。けれど、何か違うのだ。善い変化か、悪い変化かはこの時点ではわからない。でも少し心が軽い。

きっかけは何だろう。土日に行った東北でのボランティアか、金曜の夜にある人と話をしたことか。それともその両方か。いずれにしても人と触れ合う量の多い週末ではあった。あるいは、この数か月間で積み重なった何かがこの週末で臨界点に達しただけなのかもしれない。兆しはあったような気はする。

 

 

変化はいつも寂しさを伴う。

それは昨日までのわたしを忘れていくことだから。貧乏性のわたしは、どうしてももったいないと感じてしまう。かわいそうな昨日までのわたし。あんなに震えながら生きてきたのに、自分自身にまで忘れられてしまうなんて。

 

さびしい、かなしい。そう思って昨日までの自分を手繰り寄せようとするが、もう遅い。昨日までより少し高い場所にわたしはいるのだ。もう、昨日までのわたしは同じ空間にはいない。

 

さびしい、かなしい。微笑みながらつぶやいている。

さびしがりながら、もう次のアップデートが待ち遠しい。こうやってどんどん平凡になってゆくのだろう。さびしい、かなしい。こうやって心はどんどん軽くなってゆくのだろう。さびしい、かなしい。こうして今まで大切にしてきたものまで全部全部落としていって、次のわたしは、その次のわたしは、どんどん笑顔が増えていくのだろう。

 

さびしがりながら、次に進む。そしてどうか、増えていく笑顔が乾いたものではありませんように。そしてどうか、本当に大切なものが最後にきちんと残っていますように。