ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

手に入らないものもある、それが人生。でも。

学生時代はブログのほかにも時々日記をつけていた。

そこにはブログの趣旨に合わないことだったりごくごくプライベートな内容だったりを書き綴っていたのだけれど、そのほかにときどき思いついて「10年後のわたしへ」なる手紙を書いたりしていた。

わざわざ便せんにしたためて折りたたんでシールで止め、日記帳に挟んである。

 

たしか初めはアンジェラ・アキの歌に触発されたのだったか。


手紙 拝啓 ~十五の君へ~/アンジェラアキ(Cover)

 

最初の手紙は20歳の誕生日に書いたから、あと2年たてばそれを開く予定なのだが、手紙を開くのが少し怖い。

 小学生時分に学校行事で書く20歳になったわたしへ的な文章と違い、手紙を書いたことを大人のわたしは充分記憶しているし、内容すらなんとなく覚えているのだ。

 

たしかわたしは、希望の職に就いているか、努力を続けているかと書いたのだった。

たしかあの頃、「就いてみたいなあ」と思える仕事が、大雑把にくくって3つくらいあった。その業界でたとえスターになっていなくとも、片隅で元気に走り回っている自分を想像していた。何の疑いもなく。

しかし努力なんか途中でやめてしまった。もちろん、希望の職になどついていない。完全に怠惰の結果である。二十歳の自分にどう顔向けできようか。

 

けれども人生なんてそんなものなのかもしれない。

手に入らないものもある、それが人生。

なんてね。わたしもつまらない大人になったものだ。手に入っていないものが多すぎることには目をつむっている。

 

今ではたった5年後の自分すら思い描けない。

いや、本当のところは、思い描きたくないだけなのかもしれない。

 

今の場所で、「こんなところでのんべんだらりと時間をつぶすように生きていていいのだろうか」と思いつつも何も変える努力をしないまま「人生ってつまらないな」と愚痴ばかり吐きながら生きている自分を、思い描きたくないだけなのだ。

 

ならば、そんな未来が来ないように、そろそろ努力を再開すればよいだけの話なのだが。

 

 

フルマラソンを走っていて何を言うかと言われそうだが、わたしは趣味に生きるつもりはない。もし仮に趣味を人生の真ん中に置くのならば、それで稼げるくらいのめりこまなければ意味がないと思う。

家庭に生きるつもりもない。子どものころから結婚願望に乏しく、「幸せな家庭」の何が幸せなのかよくわからないのだ。いや、それは言い過ぎか。しかしどんなに家庭が幸せでも、それは多くても人生の半分でしかないように感じてしまう。家庭を持てば考えも変わるのだろうか。

 

生きたい人生はもっと別のところにある、という思い込みが拭えない。アラサーにもなっていまだに。

何の意味もないのに、「生きる意味」だとか大げさなことを考えてしまう性質なのである。

 

でもこのままじゃだめだということは確かだ。青臭い言い方だけれどこれは事実。第一仕事が面白くない。頑張ろうにものれんに腕押しというか、まったく手ごたえがなく虚しくなるばかりである。何らかの目的のために仕事をしているというより、仕事をすること自体が目的のように感じる仕事ばかりで。

 

だから5年後のわたしには、面白く仕事をしていてほしいと願う。

転職していてもいいし、楽しみが見出せるなら今の仕事を続けていてもいい。副業を始めてそれを頑張っている、でもいい。何なら無職でも構わない。

何でもいいから、ポジティブな未来に向かって生きていてほしい。このままじゃだめだと思いながら何もしない、という状態を抜け出して、迷走しながらでも1歩でも2歩でも歩みを進める、本来のわたしに戻ってきてほしい。

 

 

最近、勉強を始めた。

仕事帰りにカフェやファミレスに寄って、少しずつ本を読み進めている。

勉強していると少し安心する。なんだか懐かしい気分さえする。アラサーのわたしの中に微かに残っているハタチのわたしが、もっと、もっとだと嬉しそうに叫んでいる。

その声がいつまでもわたしを導いてくれることを、今は願うばかりだ。

 

 

はてなブログ5周年ありがとうキャンペーンお題第2弾「5年後の自分へ」
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