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ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

オリンピックが終わって

4年前も8年前も12年前もそうだったが、いつの間にかオリンピックが終わっている。

 

スポーツのニュースはいつも素通りしてしまうのでオリンピックも御多分に漏れず毎回こうだ。いつも開会式とか閉会式くらいはちゃんと見ようかなと思っているのだが、どうしても忘れてしまうのだ。

4年後はもう少し楽しめるのかな。近いし。

 

とはいえわたしも全く見なかったわけではなくて、朝はだいたいテレビがついているのでそこで特集しているものはハイライトくらいは見ていた。そして見たら見たで楽しんでもいた。

石川佳純が卓球女子団体の3位決定戦で第1ゲームをとった瞬間などはたまたま生で見ていた。卓球はよくわからないけれど、ほとんど殺気を放っていると言っていいほどの集中した顔を見ていたらわけもなく泣けてきた。

その瞬間にすべてをかける人の表情はどうしてあれほど美しいのだろう。きっと彼らの精神はあの舞台の上で、我々凡人には到底たどり着けないような鋭く張りつめてそれでいて風ひとつ立たないくらい澄み切った境地にあるのだろう。その横顔を見ていると、その端っこに触れることができたような気がして、しかしとても心が追い付かなくて圧倒されて涙が出るのだ。

 

 

ところで、4年前は活躍する選手たちが自分と変わらない年齢だったことに、絶賛留年中だったわたしは心臓が痛むくらい焦ったものだが、今や大部分が年下の選手たちだ。競技にもよるが、「27歳」はベテランと呼ばれていたりする。「これが最後のオリンピック」なんて場合も……。

つくづく自分の人生の薄っぺらさに情けない気持ちになる。

彼らは頑張り続けることを決してやめなかった人だ。

そう思うと本当に尊敬する。畏敬の念すら抱く。

 

しかしそういうことを考えていると、30代の選手はいくらか実際的な勇気を与えてくれる。マラソンの福士佳代子みたいに20代後半で種目を変えてそこから成長してきた人もいることだし、今からの成長だって、可能性なくもない? 的な。

 

はあ。がんばろう、わたし。

 

 

4年後、わたしはどこで何をしているのだろうな。

地理的に東京五輪を気軽に見に行ったりボランティアしにいったりできる場所でまだ働いているのだろうか。そのころはもう30代か。4年って長い。無駄にしないようにしよう。気が付いたら東京五輪が始まってました、とか怖すぎる。きちんと歳をとろう。

 

東京での開催は、とにかく天気だけが心配だ。

外気温36度の炎天下でフルマラソン、なんてことになりませんように。

 

マラソンの応援くらいはちょっと、見に行ってみたいなあ。