ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

青春とインスタントカメラ

どうしても飲み会の後はブログを書きたくなってしまうな。

 

ニコニコとたくさん話して楽しんで、楽しんで楽しんだ分だけ自分でも気が付かないうちに、その裏側にさびしさがたまってしまうようだ。どうしてだろうか。

 

 

さて。

ではせっかく記事を書き始めたのだから今日の会話の中からひとつ。

 

今日は大人数の飲み会だったが、場があったまるまでは仲の良い子たちばかりで固まって話していた。その会話の中で、せっかく夏なのだから夏らしい映画を借りてみんなで見ようよ、みたいな話になった。(はじめはホラー映画が提案されたが却下された)

 

夏っぽい映画だとやっぱ学園もの? 時をかける少女とか いいねいいね、みたいなことを話し合っていたが、学園ものってある意味ホラーより怖いよね、胸がえぐられる、などと彼女たちは言い出した。あんな青春なんかなかった、なんとなく過ぎてっちゃった、と言う。ものすごく同意。学園ものはどんな楽しいノリでも胸が痛くなる。そんなお年頃である。

 

「当時は大人たちから、『今しかないんだぞ、今しかできないんだぞ』みたいなことを言われてたけどさ、あーうざ、としか思ってなかった。それでぐだぐだして気づいたら逃しちゃってた」

「ほんとにその時しかなかったよね。あの頃はわかんなかった」

 

しきりにうなずき合っている。

彼女たちのそんな話に、しかしわたしは少し同意しかねた。

 

 

「今しかない」

というのは、わたしの場合、当時からなんとなく感じていたように記憶している。

 今のわたしたちの空気感は、高校のあいだだけのものだ。なくなっちゃうんだ。卒業したあとに仲のいい子たちで集まっておしゃべりしたって、「今」はもうきっと手に入らない。

 

そんな思いをどこかでぼんやり持っていて、ならばせめてすこしでも「今」を切り取っておこうと、高校2年生のとき、わたしは学校にカメラを持ち込んだ。

 

まだ携帯電話にカメラ機能が付くか付かないかくらいの時代だ。少なくともわたしの機種には付いておらず、また、あったとしても今となっては笑っちゃうほど画素数が少なかった。

高校生がデジタルカメラやましてもっと良いカメラなど持てるわけもないので、当時はスーパーやコンビニなどどこでも売っていたインスタントカメラを何個も買いこみ、わたしは友人たちの写真を撮りまくった。

 

カメラマンになりたいだとか、それどころかいい写真を撮ろうという意識すらなく、校舎の中でひたすらにシャッターを押しまくっていた。

今みたいにデジタルのデータを簡単にシェアできる時代ではない。フジカラーのお店などに持ち込んで、現像に出さなければならなかった。フィルムの現像代が地味に高く、バイトでためたお金をつぎ込んで現像し、焼き増しし、友人たちに写真を配った。

 

撮った写真をしんみり見返すことなどほとんどなく、ただ撮って、焼いて、配る。それだけ。

なんのため? と聞かれてもよくわからなかった。でもそうしたいと思ったし、そうしなければならないと感じていた。

 

 

当時のわたしは、「今までの人生の中で今が一番楽しい」と感じていた。それゆえに、いつか来るこの青春の終わりを心のどこかで意識せざるを得ず、今に居ながらにして心は半分未来にいて、すでに今を懐かしがっていた。

 

このままのスピードで成長したら、わたしたちは10年後や20年後、もっと面白くなってるね、なんて友人たちと話していたけれど、実際はそこには本当の未来はなくて、未来への可能性を持った今だけがあったのだ。それはとてもキラキラしていた。今しかないからキラキラしていた。だからどうしても写真に収めておかなければならなかった。

 

 

あの写真はどうしたろう。

高校を卒業して以来、結局一度も見返していない。

今度実家へ帰ったら、ちょっと探してみようかな。今見たらやはり胸がえぐられてしまうのだろうか。

 

 

 

今週のお題「映画の夏」