ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

欅坂46「サイレントマジョリティー」のMVを見てアイドルの人生を想った話

世間の流行からはものすごく遅れているかもしれないが……

最近、欅坂46の「サイレントマジョリティー」という曲のMVを見た。

 

朝の情報番組で時々流れていたから曲の存在は知っていたものの、大人たちが作った価値観にガッツリはめ込まれた少女たちが「大人たちに支配されるな」と大人たちが書いた歌を歌っているということに違和感を感じて、できるだけ聴かないようにしていたのだ。

ただ、goose houseがカバーしたのを最近見つけて、つい、ついでに公式のMVも見てみてしまった。

www.youtube.com

www.youtube.com

それで知ったのだけれど、この曲のセンターを張っている子は、なんとリリース当時14歳だったという。(え? みんな知ってたって? 流行遅れですみません。。テレビはあまり見ないのでわたしは全く知らなかった)

 

あまりの若さに、わたしは彼女の将来を思って急に怖くなる。14歳というこの多感な時期に、この衝撃的な経験。これは彼女の価値観に多大な影響を与えるだろう。そうして作られた彼女の自己像が、いつか彼女の本来の姿とかけ離れる日が来るに違いない。そしてそのギャップに気づいて苦しみ、耐えられなくなる日が来るんじゃないか……。そうなったらどうするんだ! 今すぐやめさせろ!

 

これは、昔からのわたしの考え方の癖だ。数年前の子役ブームの時なんかも、テレビで愛菜ちゃんや花音ちゃんらを見るたびに「今すぐおばあさんになってくれ!」と目を覆いたくなるくらい、怖かった。ほとんど芸能界の頂点といっていい場所まで上り詰めた彼女らだが、その場所に居続けられる保証はない。それどころか、あとはもう転落していくだけ、という可能性のほうが圧倒的に高い。だから彼女らの輝きは、「いつか絶対につぶれるもの」としてわたしの目には映っていたのだ。子どもたちの輝きが絶えてゆくさまを見たいと思う人はどこにもいないだろう。

 

わたしが親だったら……。「サイレントマジョリティー」のMVを見ながら考える。「自分の子どもが全国的なアイドルになって注目されたりしたらひやひやして見ていられないかも」などと。

しかし。

「いや、違うかも。」その日は数年前とは違う感想も同時に抱いた。「子どもが失敗して、歪んだ自己像に押しつぶされそうになっても、そのたびに向き合い、強く生きられる未来への道を、一緒に探せばいいのではないか」

逃げ出さず、たとえ何年かかっても粘り強く向き合い続ければきっと道は見つかる。

 

 

こんなことを思えるようになったのは就職してからだ。

就職する前のわたしは、世の中には、現状を一気に打破してしまえる魔法のような方法が存在するのだと思っていた。経営難を一発で救うヒット商品。不況をひっくり返す経済政策。。その唯一のアイデアさえ出してしまえばもう頑張らなくていい、その魔法のシステムさえ構築してしまえばあとはハンドルから手を放してもいい……そんなものがあると思っていた。

しかしそうじゃなかった。

仕事のやり方を学んでいったり、自分の職業に関連する書籍を読んだりするにつけ、「地道に続けること」が大切なのだとだんだんわかってきたのだ。

「続ける」とは、惰性で前例踏襲をすることじゃない。「真摯に、必死に向き合い続けること」である。

ヒット商品を生み出しても、次につながらなければすぐに廃れる。次々とヒットを生み出し続けるか、ファンを逃さない企画を打ち続ける必要がある。箱もの作って終わり、とか、お金バラまいて終わり、じゃない。常に「より良い方法」を模索し続けなければならない。

 

そんな、めんどくさすぎるやろ。

って、初めは思った。いや、今もそう思う。めっちゃめんどくさい。

しかし世の中はどうも、めんどくさいことを続けることでしか叶えられないものばかりなんだと、最近ようやく理解できるようになってきた。

 

「新しい策を打てなくなったら? その時はやはり廃れるだけではないの?」

どうしてもまずそう考えてしまうのだけれど、成功者たちを見ていると、どうも彼らは「必ず次の手を打てる」と信じているようで、その自信こそが成功の秘訣のようであった。

あるいは企画部の天才がスランプに陥ったとしても、次の誰かがまたアイデアを出す。そうやって会社は続くことができるのだ。

 

 

だから、このMVの彼女も、今こんなに輝いていても大丈夫なのだ。

アイドルにはどうしてもタイムリミットがあって、いつか別の道を探さなければならない。彼女には女優やタレントになって人気を獲得し続けられる可能性もあれば、きっぱりアイドルをやめ、普通の学生として青春を謳歌する可能性もあるし、あるいは、数年後には世間から忘れ去られて燻る芸能人崩れになっている可能性もある。

けれどどんな道に迷い込もうと、必ず先がある。生きていけるのである。

 

……こんなふうに、自分に言い聞かせる。

まだまだ「頭ではわかっている」くらいの段階で、身体的な感覚として獲得できたわけではないから、この先も当分、「怖い」と感じるたびに首を振り、「だいじょうぶ、きっと解決策を打ち続けられるはず」と自分に言い聞かせながらわたしは進んでいくのだろう。

もしかすると、普通のアラサー社会人は当たり前の感覚としてこの「向き合い続ける」ことを知っているのかもしれない。しかしわたしは、27にもなってようやく理解し始めたところ。この辺は子どものころに転校を繰り返したことが要因かもと思うが、その話をすると長くなりそうなので今日はこの辺で。また別の機会に書くかもしれない。

 

 

ともかく、MVの彼女が強く健やかに生きていってくれることをわたしは願うよ。