ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

後ろ指さされながら独りで生きてく覚悟をする方がまだ気が楽だ

同僚のAさんが街コンへ行くという。

 

おお! 街コン!

街コンってあの、大人数の男女が出会うために参加する婚活パーティーの一種であるけれどそこまでガチな結婚相手探しでなくてもっとカジュアルなそれでいて合コンほどチャラいイメージもなく内心「相手探すぜえ!」と意気込んでいるにもかかわらず草食系みたいな顔してしれっと遊びに行ってもいいという、あの街コンか!

……と、書いてみたものの実際はそこにそんな悪いイメージは持っていない。

 

「出会いがなさ過ぎてなにか行動しなきゃと思って」

とAさん。

なるほどそのとおりであるとわたしは素直にうなずく。

 

うちの会社は田舎にあってやり取りする外部の人も限られているし職場内以外では全く出会いはない。社内恋愛なんてそんな安易な、かつ逃げ場のないところに積極的に手は出しづらいし(できれば避けたい)相手探しをするなら自分から動かないとどうしようもない。

 

そしてAさんはこうも語る。

「このまま35歳とかになったらやばいなと思って」

 

干支を丸ごと一周している。

あなたわたしより4つも若いじゃない。そんな先の心配をする?

 

「たのしそー!」「感想よろしくね☆」「いい人見つかるといいね!」

などと言いつつ、(それも本音であるけれど)背中の方がひやあっとする。

 

 わたし、「このまま35歳とかになる」路線まっしぐらなんですがそれは

 

「やばい」のか? わたし「やばい」のか。

あと8年したらみんなから「あの人やばいよね」って言われてしまうのか。

結婚なんかしたくない。家事できないしなんとなく就職したこの縁もゆかりもない土地で「地に足付ける」覚悟も持てない。というか嫌。でも「あの人やばいよね」と、仲いいと思ってた子たちから陰で笑われたりしながらずっと生きていくのも窮屈だ。

かといって「このまま35歳とかになったらやばい」という彼女の価値観を否定するわけにもいかないし。そこは人それぞれ望む未来があるわけで。

それにAさんはアラサーのわたしに気兼ねして「35」という数字を出したものの、本当は30くらいまでには……と考えている可能性も大いに考えられ、そうなると今後そう言った会話に混ぜてもらいにくくなってだんだん疎遠になるのかもな、だんだん仲間外れになっていくのだ……と暗い未来予想図がわたしの中で展開される。

 

背中の方がひやあっとする。

 

いままで友だち少なくてわからなかったが、世の女の子たちが結婚を焦る気持ちが少しわかった夜だった。

圧力が働いているのだ。

「そういうもの」という圧力が。

「まともな人間なら20代のうちに相手を見つけて結婚するものだ」っていう。

 

しかし「そういうもの」に屈して得た未来が自分にとって楽しいものには思えずわたしはおろおろする。どっちへ進んでも鬱々とした「厭」な未来しか待っていないのでは?

そんなこと考えたくない。いつまで現実から目をそらしていいだろう。しかしそもそも「そういうもの」は本当に『現実』なのだろうか。

 

まだ社会を知らない高校生の頃は「キャリアウーマンになってバリバリ稼いで30代くらいになったら若い男を養うのもいいな」とかメルヘンなことを考えていたがバリバリ稼げる職には就けなかったし、もう夢は叶わないのだ。どこかで妥協点を探るしかないのだが、でもやっぱり「あれもこれも嫌で嫌でたまらない」と思ってしまって何も進まない。

 

Aさんがいい相手を見つけてトントンと結婚へ進んだらわたしはますます焦るのだろうと予感しつつ、でもその道はわたしなんかが進める道ではないのである。

そしていきつく結論はタイトルのとおり。