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ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

オリンピックと父の夢

何年も留年を繰り返していた頃、わたしが精神を病んでいるとでも思ったのか東京までわざわざ会いに来て「人生のゴールなど決めないこと」などとアドバイスしてくれた父が、今は夢があるという。

 

 

それは先日、出張ついでに東京で休暇を過ごした父と遊びに行った浅草の、昭和の空気が残る喫茶店で。

「9月からイタリア語教室に通い始めたんよね」

という。

 

父は昨年還暦を迎え、一度退職金ももらったが、取締役員として同じ会社で今も働いている。

結構出世している方だと思うのだが(大企業ではないけど。)仕事や地位に執着はあまりないらしく、63,4まで働いたらやめようと思うと言った。

 

「やめてどうするの?」

聞くと、

東京オリンピックに合わせてこっちで数か月アパートなんか借りて、イタリア語通訳のボランティアをやろう思う。それがお父さんの今の夢」

と言った。

 

それでイタリア語教室に通い始めたのだとか。

これまでイタリア語の勉強をしたことがあるわけでもなく、まして英語だってほとんど話せないのに、そんなことを語ってわくわくと、たのしそうに。

父が夢を語るなんて我が家では珍しい。

これまで将来の希望だとかを尋ねてみても、「家族みんなが健康で」とかなんとか、そういう「目標」とは違う言葉しか聞けなかったものだが、たぶん娘たちがみんな独立して家を出て行ったから暇になったのだな。

自由になったのだ。

そして自由になると、人は夢を持つらしい。

 

 

ちなみに、なぜイタリアかというと、「これまで行った国の中で一番よかったから」。

それだけ。

そんな思い付きで実際に行動に移してしまうところは本当にわたしと似ている。いや、わたしが父に似たのか。

 

親子だから、父のわくわく感は語らずともよくわかる。

オリンピックで世界中からお客さんが東京に集まってくる。

そのお祭りの中で、「通訳として世界と日本の橋渡し」なんてカッコイイ役をできたら。それも、英語とか中国語みたいなメジャーどころじゃなくて、比較的マイナーで、それでいてお洒落で、でも全然気取ってない、イタリア語。

陽気なイタリア人たちと、東京の街で、ああでもないこうでもないと、しゃべる。ときどきラテン系の距離感でずいずいっとパーソナルスペースに入ってこられたりもするが、それもまた新鮮で、的な。

これは面白いに決まっている。

 

実現できたらどんなに楽しいだろう。

イタリア語、勉強しなおそうかしら。

お金もないのにつられてうっかりわたしまでそんなことを思う。

 

 

「でも仕事やなんかで教室に行けなくて、何週間かぶりでまた通い始めるのが恥ずかしいんよね」

と父はそんなことを言う。

「昔と違って、最初の一歩は踏み出せるようになったんだけどね」

と笑う。

 

数週間ぶりじゃ、習ったことはだいたい忘れているのだが、クラスはどんどん進んでいるはずで、そこへ入っていくのが恥ずかしいのだとか。

おいおい60すぎてまだそんなこと言うの。

よくそんな繊細な心根でそこまで出世できたものだな。

 

「そこは面の皮厚くしていかなきゃ」

他人事で、どうでもいいと言えばどうでもいい話。でも冗談半分で是非にと若輩者からのアドバイス。

父の感覚もわからんでもないが、そんな面白そうな夢、ちょっと叶えてみてくださいよと娘は思う。