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ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

いい年した女が年上の男の人に囲まれてちゃいけないなって話

こんばんは。しゅうです。

しゃべり方が幼いせいで、知らない相手に電話をかけると大抵ねこなで声でしゃべられるのはわたしです。

あまりにカミカミで、会ったこともない電話の相手によく笑われる。

おそらく原因は、ネクラでふだん口数が少ないから舌の筋肉が発達していないせいと思われる。

 

 

 

さて、昨日はわたしが初フルマラソンを完走したお祝いと言って、職場のジョギングサークルの人たちにステーキ屋さんでおごってもらった。

 

サークルのメンバーといっても、完全個人主義のサークルであるため、そのうちの仲のいい3人の方に集まってもらっただけであるが。

うちのサークルには女性がいない。あと20代もいない。いや、名簿に名前くらいはあるかもしれない。けれど実際に活動している人、となるとたぶんいない。

そもそもマラソンという競技自体が、4,50代以上の男性が多いのだ。どの大会も、引き締まったおじさんであふれかえっている。

 

だから今回も30代と40代の男性ばかりの会となった。

このメンバーではたびたび集まる。もともとわたし以外の3人が仲が良く、そこにときどきわたしも混ぜてもらっているという状況だ。

 

もう何年も新人が入ってこなかった状況で、今年度わたしがポンと入ったものだから、それはそれは可愛がってもらえる。

本当は自分を彼らの仲間と呼ぶのがおこがましいほどマラソンのレベルが違うのに(それぞれサブ3、サブ3.5、サブ4であるのに比べ、わたしはこのあいだ5時間かかった)、本当はわたしがいない方がディープな話で盛り上がれるのだろうに、話に入れてもらえて、すごいね、がんばったね、などとほめてもらえる。

まあ悪い気はしない。適度に話を振ってもらえるので口下手なわたしでも楽しめるし、仲間ができたっていう安心感みたいなものを感じる。

 

同世代の女子ばかりが集まるとこうはいかない。

みんな好きなようにしゃべるから「会話を回す役」がいないし、会話が苦手なわたしは終始こぼれ落ちないようにひやひやしながら輪に混ざり続けないといけない。

回っている大縄跳びに飛び込んでいくような感覚である。

 

それに比べ、このメンツだと、「歳の離れた」「異性」という二段階の壁があるものだから、大変楽だ。

時々話題についていけなくても気にならないし、わたし以外の3人の仲の良さに追いつけなくとも怖くない。

だってわたしとは違う人たちだから。

根本的に「同じ仲間」にはなれないとわかっているから、距離を保ったまま楽しめ、かつ充分安心していられるのだ。

 

しかしずっとこれじゃあまずいよなあ。

 

と、レジに表示された2万を超える金額を見て思った。

毎度のことながら、「わたしも」と財布を出すが、いいよいいよ、と断られ、毎度のことながら、タダ酒タダ飯である。

 

何がまずいのかうまく言い表せないが、たぶんこれでは、いつまでも都合の悪い現実を見ないままで、勘違いが加速してしまいそうな気がする。

 

どれだけ可愛がってもらっても、どれだけ精神年齢が未熟でも、あと2年数か月で30歳になるんである。

独身で結婚の予定もないアラサ―なのである。

ひとり暮らし全然お金足りなくってーてへぺろ☆とかやってる場合ではないんである。

電話相手に猫なで声を出させている場合じゃないんである。

いくら居心地がよくても、勘違いおばさんにはなりたくない。

こうしているあいだにも、お肌は日に日に潤いを失っているのだ。見せる相手もいないまま。

 

現実を見ねば。

 

 

今、切実に女子が欲しい。

 

ここにわたしより若くてかわいくて頑張り屋さんな女子がプラスされれば、サークルのバランスは変わる。わたしはなんの付加価値もないただのランニング仲間に成り下がる。

そこで初めてわたしは等身大の自分を見つけるだろう。

その場所では、年齢や性別に関係なく、きっと性格やタイムで愛されたり尊敬されたりの関係性が決まる。

 

いつか、「女の子なのにすごいね」じゃなく、純粋に「あの人はすごいよ」と言われたい。

 

つまり、がんばるしかないねって話。