ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

お休み宣言

結局風邪で3日半休んだ。
2日休んだのち出勤したのだが全然治っていなかったようで、デスクで死にかけていたら上司に「帰った方がいい」と言われてその日は早退した。うちに帰って熱を測るとまだ38度あった。そして次の日も。

5日目からは熱も下がったので普通に出勤したが、とはいえ咳と鼻水がその後も一週間以上続いて、愛想笑いもできない日々が続いていた。


体力の低下はダイレクトに気力に影響する。
わたしは完全に転職活動をやめてしまった。戻りたかった場所、つまり学生時代までいたようなコミュニティを諦めた。
諦めるということが、これまではあんなに難しかったのに、今、こんなにもあっさりと諦められた。もうどうでも良くなったのだ。疲れてしまったのだ。
そして風邪が治りきっても、気持ちは戻らなかった。なにかの糸が切れてしまったらしい。

精神面は乱高下を繰り返している。高より下が圧倒的に多いけど。普段はポーカーフェイスを装っているが、毎日訳もなく寂しくて寂しくてたまらない。よるべがない感覚があって、本ばかり読んでいる。子どものころから、心にすきま風が吹きすさぶ感覚がずっとある。これはもう幼稚園のころから。でもごくたまに隙間が埋まるような錯覚を持てる時があって、だからどうしてもその瞬間を求め続けてしまうのだけど、求めても求めても、これはもう埋まりきることはないのだ、ということが最近段々わかりつつある。一生こんな自分探しが続く。そういう性格に生まれついたから。

よるべ、は、自分の外側には確実にない、ということもわかりつつある。よい仕事に就いている、とか、彼氏に優しくしてもらう、とかでは脆すぎるということ。外に作ろうとすると際限がない。どんなに持っていても足りないと感じる。自分の中に作るしかない。

どうやって? と思ったらひとつだけ手段を知っていた。子どものころから好きだったことを再開するのだ。
今はもう死んでしまってミイラのようになっている夢をわたしは引っ張り出して、この子とうまく付き合っていこう、それがわたしの人生だ、と風邪のウイルスにまみれながらぼんやり決意した。


そんなわけで、ちょっと時間が惜しいので、しばらくブログは書かないようにしようと思う。
いやホントは、あれもこれも要領よくやれたら一番いいのだが、どうしても好きなことより楽な方に流れてしまう性格なので、「一区切りつくまでブログは書かないぞ」とちょっとここで宣言してみる次第なのである。

風邪を引いた

台風の接近とともに風邪を引いた。それも特大のやつだ。

 

月曜の朝は何度か吐いて、頭痛もひどかったので会社を休んだ。

普段の片頭痛では、どんなにひどくても吐けば次第に楽になったし、その楽になっていく過程は癖になるくらい安堵感に満ちていているものだったけれど、今回は「なにかバチが当たったのかな」と自分の過去を意味もなく反省してしまうほど治まる気配がなく、ぐったりし続けるしかなかった。

夕方、吐き気が少し治まったので病院へ行ったが、自転車で5分ほどのその場所へ向かうだけでもしんどかった。職場は目の前なのだから車通勤の同僚にラインして送り迎えしてもらおうかな……などという甘えた考えがよぎったものの、彼女も残業があるだろうにこんなこと頼めないな、と考え直して一人で向かった。

頼ってみてもよかったのだろうか。わたしはいつも人との距離感が分からない。いつも遠ざけすぎていて、たまに不必要に近づきすぎてしまう。

 

片道3時間近くかかるところに住む恋人が平日に駆けつけてくれるわけもなく(いや、彼のことだから休日だったろうと駆けつけてくれたかどうかわからないが)、一人で過ごした。誰かに心配してほしかった。10分ほど母に電話した。この世でわたしのことを無条件で心配してくれるのは結局お母さんなのだと思う。

 

今朝になっても熱が下がっていなかったので今日も仕事を休んでしまった。

頭痛はなくなっていたので頑張れば出勤できただろうと思うが、行ったところで「やることないな。データ整理でもするか」な一日となることは目に見えているので行かなかった。今日もずっと寝ていて、夕方やっと快復してきた。まだ咳と鼻水と関節の痛みはあるが、明日は仕事に行こう。仕事がなくても席に座っていないとお給料が出ないのだからしょうがない。

 

体がしんどいとどうしても考えることを放棄してしまう。

例えば今やっている転職活動のこととか。

学生さんに混じって受けていた4月採用の仕事の内定は一つ確保したけれど、結局同じ業界、誰でもつける仕事、替えの利く仕事、の内定なので、他に可能性はないものかと転職サイトに登録して今は普通の転職活動をしている。が、うまくいっているとは言い難い。

やめてしまおうか。何もかも。体調管理すらまともにできないわたしに、他に務まる仕事なんかないよ。

などとぼんやり考えていた。

 

わたしの転職先が確定したら彼はプロポーズしてくれるそうである。つまりわたし次第なのだそうだ。

けれどわたしは幸せになる自信がなくて、彼の心が離れていく未来しか想像できなくて、「結婚のための転職」という色合いが強くなる、大したステップアップにはならない再就職に二の足を踏んでしまう。ダメだった時に、ちゃんと自分で自分の人生に責任が持てるだろうか、と。

 

暗い部屋で、変な時間に天井を眺めていると、何もかもが遠くなってくる。少しでも仕事のヒントがほしくて同業者の集まる交流会に参加するわたしも、より活躍できる場を求めて転職活動をするわたしも、フルマラソンを走るわたしも、彼との旅行を計画するわたしも。すべてが遠い。

むしろ、こんな風に誰からも見つからない場所でうずくまっている自分の方が、本来のわたしなんじゃないかと思えてくる。


このままずっとここで眠っていたい。

現実から目をそらして、やさしい夢だけ見て眠るのだ。

成し遂げたかったことも叶えたかった夢も昔の友人のことも全部忘れて。

 

夏の終わり

もう夏が終わりますね

今日行った美容院で、美容師さんが窓の外を眺めながらしみじみ言った。日が落ちるのが大分早くなった、と。
続けて、
「別に夏が好きってわけじゃないのになんでか夏の終わりって切なくなりますよね、あれってなんでなんでしょうね」
とも。

確かに、夏の終わりは特別だ。
他の季節なら、例えば秋から冬へは、関東以南だとただなんとなく気温が低くなってくだけでさほど季節の変わり目を意識しないし、冬から春へ、春から夏へ、だと、むしろ新しい季節が「やってくる」感覚の方が大きい。
夏だけだ。はっきりと季節が終わっていく寂しさがあるのは。

日が短くなって、日中はまだ暑いのに夕方はずいぶん涼しい。どこかでひぐらしが鳴いていて、網戸越しに隣家の親子の会話が聞こえる。
なぜだか子どもの頃を思い出す。うちもあんな風に会話をしていたな、湿った涼しい風が入る、お母さんがテーブルにカレーを並べる、裸足で歩く廊下のひんやりした感触、夜7時、外はもう暗い。届かない過去。実家に帰ったって、子どもの頃に帰ることは永遠にできない。そんなことを思い知る。

どうして夏の終わりだけこんな気分になるのだろうか。今年もなにもできなかったな、などと毎年思うのだろうか。大人になった今ではもう夏休みなんて関係ないのに、今の時期になると訳もなく少し焦ったりしてしまう。
無邪気でいられた幸せな時間はおしまいだよ、と誰かから言われているような感じ。
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それでも現金なもので、スタイリングが終わると、鏡の中には少しだけきれいになった自分がいて、それを見ると単純に気分が上がった。
やっぱり、この美容院は魔法の場所だ。
美容師さんにお礼を言ってお店を出る。駅へ向かう足取りは少し軽い。
これから大人っぽい色のリップを買って、秋を楽しんでしまおうじゃないかとそんなことを考え始めている。
もうすぐ誕生日がくる。20代最後の年は、きっといい一年になる、そんな風に思う。子ども時代に別れを告げて、今度こそちゃんと大人になるんだ、などと。

答えのない世界

 

積読本を消化しようと何気なく手に取った一冊。

いま世界の哲学者が考えていること

いま世界の哲学者が考えていること

 

タイトルの通り、昔の偉大な哲学者でなくて、現在の哲学の潮流を紹介してくれる本だ。

まだ第1章しか読めていないが、その中で非常に胸に刺さった箇所がある。それは、20世紀後半の「ポストモダン」の哲学の考え方。ざっくりいうと、「真理はどこにも存在しない」という考え方だ。

 

それまでの哲学は、万人が認めるような真理や規範を追い求めていた。けれど、実際にはそんな「絶対的な真理」などないのだ、という。

この世界は、言語によって構築されている、らしい。(言葉があるから世界を認識できる、という意味だと思う。これを言語構築主義と言う) となれば、言葉が違えば見えている世界、つまり現実は異なってくる。ということになるらしい。

言葉が違えば「真理」も違う。歴史や文化が違えば「善悪」も違う。すべては相対的なもので、つまり「真理はどこにも存在しない」ということになる。

 

それは寄る辺がないということだ、とわたしは考えた。

その考えを突き詰めれば、人それぞれ育った環境や時代が少しずつ違うのだから、「本当に正しいこと」は各々異なるということにならないだろうか。わたしの「真理」は、わたしの外部にはどこにもないということにならないか。正しさの判断を誰にも頼れないということにならないだろうか。

 

いや、わかってはいた。そんなもんだと。わかってはいたけれどあらためて認識すると少し怖いしかなり心許ない。

以前も書いたが、わたしはいつも心のどこかで「絶対的な唯一の解決策」「今すぐ白黒つけてくれる答え」を探してしまいがちな人間だ。 honto-no-honto.hatenablog.com

たとえば、高校の倫理の授業でプラトンイデア論を習ったとき、とても心惹かれたのを覚えている。

それはこの世界に(正確にはこの世界の形而上に)、絶対的な『正解』がある、と言う考え方だとわたしは解釈した。

なんて安心なのだろう、と思った。

どこかに確固たる正解があるのなら、わたしたちは、世界は、それをただ純粋に追い求めれば良いということになる。

どこかに「善のイデア」があって、「正しさのイデア」があって、「美のイデア」があるのなら、それへ少しでも近づこうとする努力によって、わたしたちの人生は、そして人間の営みは、すべて肯定される。

そんな風に思った。

 

でもそんなものはない。絶対的な正しさなど。ないから、ひとつずつ自分で探していくしかない。

しかも、探して、見つけたものを、「それが正解だ」と丸をつけてくれる人などいない。「正しいかどうかわからないがひとまずこれを『正解』としておこう」と保留にしながら見つけた答えを拾って、また次へ進む。その繰り返しで「わたしにとっての現実」がようやく成り立つ。仮の“正解”はいつまでも保留のままである。

 

途方に暮れてしまう。あるのは圧倒的な孤独。

この世界が向かうべき「正解」があると信じてそれを探しながら、想定される「正解」に向かって歩みを進めていくのと、どこにも「正解」などないと知りながらそれでも何かにつけて「正しさ」を求められ、その都度「正しそうなもの」をとりあえず選んでふらふら彷徨い続けるのと。

後者のほうがしんどい。心許ない。誰もわたしに丸をつけてくれない。誰かの答えに丸をつけてあげることもできない。荒野の中で、ゴールのない、コースすらないマラソンを走るよう。

 

想像すると寂しさで押しつぶされそうだ。

誰とも答え合わせができないのだ。この先ずっと、どこまで行っても。

ひとりぼっちの旅が続くだけ。

 

 

 

本はまだ第2章を読み始めたところ。2章から先は、ポストモダンのその後、現代の哲学の考え方が紹介されていくようだ。

けれど、どこまで読んだって、もうどこにも「真理」はないのだろう。

でもそれでも読んでしまう。わたしとは、人間とは、世の中とは、世界とは、現実とは何かを知りたくて。

どこにも絶対的な真理などないことに気づいていながら、それでも探してしまう。本の中に、仕事の中に、誰かとの会話の中に、そして自分自身の思索の中に。

 

それがきっと、死ぬまで続く。答えなどないとわかっていてもやめられない。それがわたしの性なのだ。これは間違ってはいないだろうかと、常にびくびくしながら、恐る恐る、歩みを進める。

ぼっちお盆

数日前から楽しみにしていた。

お盆休み!

 

例によって今年もわたしは実家には帰らないことにした。

彼氏は実家に帰るそうだ。

 

そんなわけで久々の何もない休日。

ここのところ毎週のように面接があって、そうじゃない休日は全部彼と過ごしていたか、職場のサークルの合宿に行っていたかで、引きこもり気質のわたしにとって、なかなか休めない日々が続いていたのだ。

 

そんな日々は楽しくもあったが、知らないうちにストレスもたまっていたのかもしれない。数日前からぼっちお盆へのワクワクがおさまらず、昨日(10日)の夜は随分晴れやかな気持ちで仕事を終えた。

カレンダー通りの休みだが、それでも3連休ある。何もしない、誰にも会わなくていい日が3日もあるのだ! 本読み放題! ブログ書き放題! youtube見放題!

夢のニート生活。引きこもるぞと気合を入れて、ドラッグストアに寄って、カップ麺を4つ買う。

 

 

今日はうっかり朝7時過ぎに起きてしまったが、すぐに二度寝をした。再び起きたらお昼になっていた。何の約束もないから何時に起きたっていいのだ。

さて、何をしようか。

 

まずは豊かなおひとりさまライフを満喫するために、部屋の掃除に取り掛かる。

取り込んだ後たたまず山になっていた洗濯物をたたみ、食べたっきりの皿を洗う。布団カバーを洗濯し、窓を開けて部屋中に掃除機をかけ、念入りにトイレ掃除、カビキラーを使ってお風呂もピカピカに。

 

食事だってぼっちだけど手作りするのだ。

先日実家から10個も送られてきたジャガイモを使って、ポテトガレットに。明日は生クリームを買ってきてドフィノワにしよう。明後日は何がいいかな。肉じゃが? コロッケ? 芋餅みたいなのでもいいなあ。

 

……。

しかし何も考えずにいられたのはここまでだった。

出来上がった料理をテーブルに並べて、おや、料理の出来を自慢する相手がいない、とハタと気づいた。ガレットはあまりおいしくなかった。一人では食べきらずに、半分残した。

 

普段はテレビをほとんど見ない生活をしているが、今夜は何となくスイッチを入れてしまった。面白くもない番組をただ流す。

 

彼に出会う前までは当たり前だった「予定のない休日」。久々にやると結構しんどかった。一人旅、一人映画、一人カラオケ、一人飲み屋、一人カフェめぐりと、自分は結構なおひとりさまライフの上級者だと思っていたのに、なんという体たらく。これでは去年までの自分に顔向けできない。強くあらねば。でもさびしいものはさびしい。

さみしすぎて心臓が痛いので、今日はもう寝てしまおう。

 

まだ二日ある。

長い、ような、短い、ような。

 

実際には、まだ書かなければならない就活用のエントリーシートもあるし、来週末の面接の準備もあるのでそうのんびりもしていられないが。

3日間ずっと引きこもるのもいいかなと思っていたが、明日は近所のスタバで朝ごはんがてら作業をしよう。そして、読みたかった本も読んで、書きたかったブログ記事もたっぷり書き溜めるのだ。さみしさにはうまく蓋をして。

  

それにしても、いま振られたらわたしは結構な重傷を負いそうだ。

だからわたしは結婚できない

随分前の記事でも書いたけれど、もともとわたしの頭の中では「結婚」と「幸せ」が結びついていなかった。

honto-no-honto.hatenablog.com

どうしても、壊滅的に片付けができない自分の性格が相手の人生を台無しにする可能性や、共働きなのに自分ばかり家事の負担が増えて不公平感にさいなまれる可能性など、ネガティブなことしか考えられていなかった。

 だから、ずっと一人で生きていくのだろうと思っていた。

今の彼に出会うまでは。

 

彼に出会って、初めてデートした帰り道、突っ走った心で「まあなんとかなるやろ」と思った。「一緒に生きていける」と。根拠もなく。

 

 

で、まあ数か月一緒にいてみて、実際「やっていけそうだ」という思いは強くなった。

 

例えば、わたしは料理は苦手じゃないが、「毎日、こつこつ」はものすごく苦手なので、「わたし、一緒に暮らしても毎日ご飯を作ったりはできないと思うよ」と言ってみたところ、彼はのんびりと「別にそういうのは求めてないよ」と言った。

 

例えば、「片付けが本当にできなくて、学生時代は部屋に足の踏み場がなかったよ。半年ぶりに片付けようとしたら散乱したごみの下からカマキリの死がいが出てきたことがあるよ」と言っても、「俺に片付けさせてくれるんなら俺がやるよ」と言う。確かに、一人暮らしの彼の部屋はいつもほどよく整理整頓されている。片付けがそんなに苦にならないタイプのようだ。

 

すごいぞ! わたしの生活上の最大の欠点も、彼と一緒なら無効化されるんじゃないか。

ドキドキした。もしかしたら、結婚しても不幸にならないのかもしれない。

 

 

また、先週なんかは 

「結婚したら子どもは二人以上ほしい」

と彼が言い出し、さらに

「最近は待機児童が問題になってるけど、やっぱり4月じゃないと保育園に入れるの難しいみたいなんだよね。だから産む時期によっては生後数か月で入れてしまわないといけなかったり、逆に数か月で職場復帰したくても、1年以上育休を取らざるをえなかったりすることもあるみたい」

などと話す。内容が具体的すぎる。


わたしが「育休1年以上を2回も3回も、はつらいなあ」と不安を口にすると、

「うん、だからさ、俺子どもができたら育休取ろうと思ってるんだ」

と言う。まじか。

「あとさ、俺料理できないし今までその必要性も感じてなかったけど、子ども育てるってなったらちょっとはできた方がいいよね。しゅうちゃんが仕事で遅くなることもあるだろうし」

「!」

すごいぞ! めっちゃ考えてる! めっちゃ先のこと考えてる!!!

 

おや、これはひょっとして、この人と結婚したら幸せになれてしまうんじゃないか? わたしはもしかすると、「世の男性」というものを十把一絡げに考えすぎていたのではないか。彼は違うんじゃないか。

「結婚したら夫の面倒も子どもの面倒もなんだかんだ女が見さされる→つまり女のわたしは仕事や趣味に割ける時間が著しく減る上に苦手なことに時間を費やす生活をしなければならない→生きたい人生を生きられない」と思っていたのだが、むしろ得意分野を提供しあえば互いにゆとりが増えるのかもしれない。これはすごい発見。

 

 

しかし。

昨日一緒に本屋さんに行ったときのことだ。

初心者向けの料理本が目に止まったので、わたしはうれしくなって「見て見て。一緒に暮らすようになったらさ、こういうの買って練習しようよ」と言ったところ、彼は「え」と一瞬フリーズし、すごくめんどくさそうな顔で薄く笑った。

「え。面倒くさいの?」

「うん…」

なんだよ! 先週自分でやるって言ったんじゃないか。あれは口先だけだったのか?

「とりあえずチャーハンだけでも作れるようになっとけばいいじゃん」と言っても「うーん」とめちゃくちゃ面倒くさそうである。

 

昨日の会話はそれで終わったのだが、今日になってなんだかモヤモヤしてきた。

 

あれって「ご飯作りません宣言」じゃないか? 夫婦二人の時はそれでよくても、子どもができても「ご飯作りません」が続いてしまうと、結果わたしの負担ばかり増すのではないか? やっぱりなんだかんだわたしが家事・育児の大半を担わないといけないんじゃないの? それって残業が必要な部署には今後十年くらいは行けませんってことじゃない? 結果、面白そうな部署への配属希望は叶わず、出世もほとんど見込めなくなるのでは…?

働き方改革が進んでみんなが残業ゼロで働けるようになればいいのかもしれないけど、そんなの数年以内には実現しませんよね?

ああ、どうせ、時短制度を使って正社員として働いてるだけで「女性の社会進出が進んだ」とか言われて、係長程度にしかなれずに定年しても「男女平等になった」みたいに言われ、家事・育児の2割くらいしか手伝わない夫が「イクメン」を名乗るのだ。はいはい。結婚なんて結局そんなもんだ。

それってもう生きてる意味ないんじゃない? 世間一般の女性がどうかは知らないけど純粋にわたしにとって、その人生ってどれほどの価値があるの?

 うん。わたしは結婚できないな。もうやめちまえ、彼との結婚なんて。こちとらそもそも結婚願望がないんじゃい。なんでもかかってこいや。

 

……というところまで考えた。

だいぶ喧嘩腰である。


しかしそんな「嫌だから全部いらない」という考え方では何も発展しないな、と今これを書いていて少し反省。そもそも、上記の未来はわたしの妄想でしかない。

それに今はまだ来年以降の転職先が決まらないから何とも言えない。

転職先が決まったら、きちんと話をしよう。

でもきちんと建設的な話ができるかな。今のわたしは「家事・育児は夫が手伝ってくれればいいとかいうままごとではなく、夫婦どちらかに偏りすぎることなく二人でシェアすべきものだ、異論は認めない」くらいの気持ちでいるけれど、それでは相手を言い負かすための口論しかできないのではないだろうか。


こういう問題って難しいな。


二人とも嫌ならアウトソーシングに頼りまくってもいいのかな。それだけの収入があれば、の話だけれど。保育園にいない時間帯の育児ってどれくらい外部委託できるものなのだろうか。でも例えば家事代行業者さんにご飯(離乳食含む)だけでも作っといてもらえれば楽なのかな。これから時差ビズやテレワークの導入が進んで、夫婦どちらかが7時‐4時、とか、今日はわたしがテレワーク、明日はあなた、みたいな働き方ができれば、どちらも仕事を諦めないで済む? 夫婦間の不平等に耐えられないなら、別々に暮らして一人で子育てしてもいいのかもしれないし、離婚を視野に入れた結婚(?)でもいいのかもしれない。子どもを産まない、という選択肢だってある。彼が了承すれば、だけど。とは言えチャーハンくらい作れるようになってほしいというのは譲れないな…… 

 

……と、いろいろ考えたけれど、これもわたしの妄想でしかない。

婚約する前からこんな具体的な話をしたら、怖気づいて彼は逃げてしまうだろうか。だとしても、彼のことは人として好きだから、恋人や夫婦でなくても、良き友人になれればわたしは十分かもしれない。そして40過ぎて子どもを産むプレッシャーから解放されたあとに誰かと結婚できるのが一番幸せかもしれない。などと今日はつらつら思った。

働きたくなかったあの頃の話

今思えば、就活もゲーム感覚でやってしまえばよかったのかもしれない。

小学生の時にハマったポケモンみたいに、地道にレベルを上げてジムへ戦いに行く。戦いに行く前はセーブしておいて、負けたら電源を切っちゃえばいいから負けたって痛くもかゆくもない。別に本当にポケモンマスターを目指してるわけではなく、ただゲームをクリアしてくのが面白いってだけ。

そんな感覚で就職活動もやれたと思うのだ。

 

実際、大学受験まではそうだった。

どの大学に入ってどんな研究をするのかなどのビジョンは曖昧で、ただ偏差値を上げてテストで高得点を取るのが面白かったから夢中になっただけだ。偏差値が低いとあれこれ大学を比較してみなければ進路を選べないだろうけれど、ある程度まで上げてしまえば、選択肢はむしろ少なくなって選ぶのはラクだった。

あの時と同じ感覚で、就職活動も人気企業ランキングの1位から順番に受けるくらいの軽さがあってもよかったのかもしれない。

 

 

しかしわたしは選べなかった。

徒に重く考えてしまった。あるいは何も考えていなかったとも言える。

 

「いいのだろうか、わたしはまだ本当にやりたかったことをやれていないのに、今までと同じノリで選んでしまって」

そんなことを考え始めたのだ。

 

今になって考えると、それまで見てきた「父親の背中」が極端だったこともよくなかったのかもしれない。

わたしの父の仕事はいわゆる激務で、幼稚園、小学生の頃は同じ家に住んでいるのに会えない、などという現象がよく起きていた。父は土曜も日曜も職場へ行っていた。そんな働き方を、わたしは普通だと思っていた。正社員になったら自分もあんな風に、あるいはそれ以上に激しく働くのだと何の疑問もなくぼんやりイメージしていたのだ。そんな働き方がかっこいいとも思っていた。むしろ9時5時の公務員みたいな仕事はカッコ悪いとすら。

 

でもそうなると、大学を出たとたん生活のほとんどを仕事に捧げるような人生が始まるわけで、子どものころからずっと思い描いていた夢とは、完全に道が分かれてしまうのではないか。

あっちへ進んだら、もう戻れなくなるのではないか……。本当にやりたかったことを、やれないまま人生が終わっていくのではないか……。

 

身動きが取れなくなった。

 

実際にはそれでも、ぽつりぽつりと企業を受けてはいたが、当時は就職難のピークと言っていい時期で、わたしみたいな中途半端な態度ではどこにも進めなかった。焦ってはいたが、なんでもいいから決めないとという気持ちと、これまでゲームで勝ってきたのだからこれからも勝たなければという気持ちと、どこへも行きたくないという拒絶の気持ちが渦巻いて整理がつかず、結果、あろうことか大学へ行かなくなった。

そしてわたしは留年した。しかもそのまま3回も。

毎年3月になると不思議で仕方がなかった。なぜもう1年大学生をやらなくちゃならないんだと。試験さえ受けていないのだから当然なのだが、自分では何が何だかわからなかった。

出口のない迷路にいるようだった。

いや、主観としては、道を間違えた覚えはなかった。ずっと間違えようのない一本道だったと思う。歩いていれば出口に出られると思って歩いてきた。実際、周りのみんなはそうだったじゃないか。みんな、一本道を当たり前に歩いて当たり前に出て行った。今もその向こうの一本道を歩いているはずだ。なのになぜ、わたしの道だけ出口がないのだ。

もしかしたら、わたしのこの道は円環になっているのかも。わたしはここから一生出られないのかもしれない。

 

25歳になっていた。就活を先延ばしにして大学院に行った子たちでさえ就職したころだ。

大人になれないまま、年齢だけ増えていく。

当時、わたしは別に引きこもっていたわけではなく、普通にバイトへ行き、学生らしく平日のショッピングや映画鑑賞を楽しみ、なんならエキストラとして映画撮影に参加することすらあったわけだが、社会に対して申し訳ない気持ちがどんどん大きくなっていった。平日に映画へ行くと、電車の中にいる他の大人たちは当然みんな仕事へ行くような恰好をしているのだ。わたしだけがあちらへ行けないままでいる。わたしは社会に不必要な人間、社会から取り残された人間。そう思った。

「本当にやりたかったはずのこと」さえ、なんだか不完全燃焼のままだった。こんなことなら何も考えず就職活動を頑張っておくのだった。しかしそう思ってももう遅い。すんなりと就職した子達と、3年も留年しているわたしとでは、もうどうにもならないほど差ができていた。あの時拒否した道にさえ、もう戻れなくなっていた。「選ばない」という選択がこれほど重大な結果を招くとは。いや、わかっていたはずなのに目をそらしていた。

もう消えてしまいたい。生まれてこなければよかった。。。

 

しかし死んでしまうほどの勇気はなく、わたしはとりあえず円環状の道の壁に小さく穴をあけた。その穴がどこへつながっているかなどもうどうでもよかった。とにかくここから出なければ。そう思ってなんとなく目の前の壁の向こうへ出た。つまり就職をした。

そうやってここへ来た。26歳の時のことだ。

 

 

就職してからは、自分の価値がいかに平凡なものであるかを思い知るようなつらい瞬間が多かった。つまり、とてもつまらなかった。うちの組織の「指導的地位に占める女性の割合」が全国平均よりずっと低いこともあとから知った。もっとよく調べておけばよかったと少し後悔している。

けれど、あのとき「なんでもいいから外へ」と這い出したその選択は、正しくもなかったけれど、別に間違ってもいなかったなと思う。社会人になったからこそ見えたことはたくさんあるし、いい出会いはたくさんあったし。あの時点ではもう他に選びようがなかったのだし。

 

「その人生がこの先ずっと」と重く考えるからしんどいし怖くなるのだけれど、実際にはきっとそんなことはないし、「とりあえず次の場所へ進む」ための選択は、必要で、悪いことじゃない。と今は思う。

 

とは言え、じゃあ6年前に戻ってもう一度「とりあえず次の場所へ進む」ための就活を頑張ってみるかいと言われれば、それは御免こうむりたいけれど。だってきっとわたしは、「夢」みたいなふわふわしたものを追いかけてまた同じことを繰り返すに違いないからだ。

そう、ぐだぐだして選べていないようでいたあの頃だって、わたしはちゃんと大事なものを選んでいたのだ。結果を出すまでには至らなかっただけで。

そしてこれからもそうすると思う。時には人と違うペースでしか進めなくなると思うし、自分で自分の首を絞める結果になることだってあるだろうけれど、自分で納得できないものは、選ばない。というか、そういう生き方しか、たぶんできないのだ。