ほんとのほんと

一浪&三留したアラサーダメ人間が社会と自分とのギャップに半笑いで半ば諦めながら立ち向かって(?)ゆくブログ。  精神年齢は最近19歳になった。

だからわたしは結婚できない

随分前の記事でも書いたけれど、もともとわたしの頭の中では「結婚」と「幸せ」が結びついていなかった。

honto-no-honto.hatenablog.com

どうしても、壊滅的に片付けができない自分の性格が相手の人生を台無しにする可能性や、共働きなのに自分ばかり家事の負担が増えて不公平感にさいなまれる可能性など、ネガティブなことしか考えられていなかった。

 だから、ずっと一人で生きていくのだろうと思っていた。

今の彼に出会うまでは。

 

彼に出会って、初めてデートした帰り道、突っ走った心で「まあなんとかなるやろ」と思った。「一緒に生きていける」と。根拠もなく。

 

 

で、まあ数か月一緒にいてみて、実際「やっていけそうだ」という思いは強くなった。

 

例えば、わたしは料理は苦手じゃないが、「毎日、こつこつ」はものすごく苦手なので、「わたし、一緒に暮らしても毎日ご飯を作ったりはできないと思うよ」と言ってみたところ、彼はのんびりと「別にそういうのは求めてないよ」と言った。

 

例えば、「片付けが本当にできなくて、学生時代は部屋に足の踏み場がなかったよ。半年ぶりに片付けようとしたら散乱したごみの下からカマキリの死がいが出てきたことがあるよ」と言っても、「俺に片付けさせてくれるんなら俺がやるよ」と言う。確かに、一人暮らしの彼の部屋はいつもほどよく整理整頓されている。片付けがそんなに苦にならないタイプのようだ。

 

すごいぞ! わたしの生活上の最大の欠点も、彼と一緒なら無効化されるんじゃないか。

ドキドキした。もしかしたら、結婚しても不幸にならないのかもしれない。

 

 

また、先週なんかは 

「結婚したら子どもは二人以上ほしい」

と言い出し、さらに

「最近は待機児童が問題になってるけど、やっぱり4月じゃないと保育園に入れるの難しいみたいなんだよね。だから産む時期によっては生後数か月で入れてしまわないといけなかったり、逆に数か月で職場復帰したくても、1年以上育休を取らざるをえなかったりすることもあるみたい」

などと話す。内容が具体的すぎる。


わたしが「育休1年以上を2回も3回も、はつらいなあ」と不安を口にすると、

「うん、だからさ、俺子どもができたら育休取ろうと思ってるんだ」

と言う。まじか。

「あとさ、俺料理できないし今までその必要性も感じてなかったけど、子ども育てるってなったらちょっとはできた方がいいよね。しゅうちゃんが仕事で遅くなることもあるだろうし」

「!」

すごいぞ! めっちゃ考えてる! めっちゃ先のこと考えてる!!!

 

おや、これはひょっとして、この人と結婚したら幸せになれてしまうんじゃないか? わたしはもしかすると、「世の男性」というものを十把一絡げに考えすぎていたのではないか。彼は違うんじゃないか。

「結婚したら夫の面倒も子どもの面倒もなんだかんだ女が見さされる→つまり女は仕事や趣味に割ける時間が著しく減る→生きたい人生を生きられない」と思っていたのだが、むしろ得意分野を提供しあえば互いにゆとりが増えるのかもしれない。これはすごい発見。

 

 

しかし。

昨日一緒に本屋さんに行ったときのことだ。

初心者向けの料理本が目に止まったので、わたしはうれしくなって「見て見て。一緒に暮らすようになったらさ、こういうの買って練習しようよ」と言ったところ、彼は「え」と一瞬フリーズし、すごくめんどくさそうな顔で薄く笑った。

「え。面倒くさいの?」

「うん…」

なんだよ! 先週自分でやるって言ったんじゃないか。あれは口先だけだったのか?

「とりあえずチャーハンだけでも作れるようになっとけばいいじゃん」と言っても「うーん」とめちゃくちゃ面倒くさそうである。

 

昨日の会話はそれで終わったのだが、今日になってなんだかモヤモヤしてきた。

 

あれって「ご飯作りません宣言」じゃないか? 夫婦二人の時はそれでよくても、子どもができても「ご飯作りません」が続いてしまうと、結果わたしの負担ばかり増すのではないか? やっぱりなんだかんだわたしが家事・育児の大半を担わないといけないんじゃないの? それって残業が必要な部署には今後十年くらいは行けませんってことじゃない? 結果、面白そうな部署への配属希望は叶わず、出世もほとんど見込めなくなるのでは…?

働き方改革が進んでみんなが残業ゼロで働けるようになればいいのかもしれないけど、そんなの数年以内には実現しませんよね?

ああ、どうせ、時短制度を使って正社員として働いてるだけで「女性の社会進出が進んだ」とか言われて、係長程度にしかなれずに定年しても「男女平等になった」みたいに言われ、家事・育児の2割くらいしか手伝わない夫が「イクメン」を名乗るのだ。はいはい。結婚なんて結局そんなもんだ。

それってもう生きてる意味ないんじゃない? 世間一般の女性がどうかは知らないけど純粋にわたしにとって、その人生ってどれほどの価値があるの?

 うん。わたしは結婚できないな。もうやめちまえ、彼との結婚なんて。こちとらそもそも結婚願望がないんじゃい。なんでもかかってこいや。

 

……というところまで考えた。

だいぶ喧嘩腰である。


しかしそんな「嫌だから全部いらない」という考え方では何も発展しないな、と今これを書いていて少し反省。そもそも、上記の未来はわたしの妄想でしかない。

それに今はまだ来年以降の転職先が決まらないから何とも言えない。

転職先が決まったら、きちんと話をしよう。

でもきちんと建設的な話ができるかな。今のわたしは「家事・育児は夫が手伝ってくれればいいとかいうままごとではなく、夫婦どちらかに偏りすぎることなく二人でシェアすべきものだ、異論は認めない」くらいの気持ちでいるけれど、それでは相手を言い負かすための口論しかできないのではないだろうか。


こういう問題って難しいな。


二人とも嫌ならアウトソーシングに頼りまくってもいいのかな。それだけの収入があれば、の話だけれど。保育園にいない時間帯の育児ってどれくらい外部委託できるものなのだろうか。でも例えば家事代行業者さんにご飯(離乳食含む)だけでも作っといてもらえれば楽なのかな。これから時差ビズの導入が進んで、夫婦どちらかが7時‐4時みたいな働き方ができれば、どちらも仕事を諦めないで済む? 夫婦間の不平等に耐えられないなら、別々に暮らして一人で子育てしてもいいのかもしれないし、離婚を視野に入れた結婚(?)でもいいのかもしれない。子どもを産まない、という選択肢だってある。彼が了承すれば、だけど。とは言えチャーハンくらい作れるようになってほしいというのは譲れないな…… 

 

……と、いろいろ考えたけれど、これもわたしの妄想でしかない。

婚約する前からこんな具体的な話をしたら、怖気づいて彼は逃げてしまうだろうか。だとしても、彼のことは人として好きだから、恋人や夫婦でなくても、良き友人になれればわたしは十分かもしれない。そして40過ぎて子どもを産むプレッシャーから解放されたあとに誰かと結婚できるのが一番幸せかもしれない。などと今日はつらつら思った。

働きたくなかったあの頃の話

今思えば、就活もゲーム感覚でやってしまえばよかったのかもしれない。

小学生の時にハマったポケモンみたいに、地道にレベルを上げてジムへ戦いに行く。戦いに行く前はセーブしておいて、負けたら電源を切っちゃえばいいから負けたって痛くもかゆくもない。別に本当にポケモンマスターを目指してるわけではなく、ただゲームをクリアしてくのが面白いってだけ。

そんな感覚で就職活動もやれたと思うのだ。

 

実際、大学受験まではそうだった。

どの大学に入ってどんな研究をするのかなどのビジョンは曖昧で、ただ偏差値を上げてテストで高得点を取るのが面白かったから夢中になっただけだ。偏差値が低いとあれこれ大学を比較してみなければ進路を選べないだろうけれど、ある程度まで上げてしまえば、選択肢はむしろ少なくなって選ぶのはラクだった。

あの時と同じ感覚で、就職活動も人気企業ランキングの1位から順番に受けるくらいの軽さがあってもよかったのかもしれない。

 

 

しかしわたしは選べなかった。

徒に重く考えてしまった。あるいは何も考えていなかったとも言える。

 

「いいのだろうか、わたしはまだ本当にやりたかったことをやれていないのに、今までと同じノリで選んでしまって」

そんなことを考え始めたのだ。

 

今になって考えると、それまで見てきた「父親の背中」が極端だったこともよくなかったのかもしれない。

わたしの父の仕事はいわゆる激務で、幼稚園、小学生の頃は同じ家に住んでいるのに会えない、などという現象がよく起きていた。父は土曜も日曜も職場へ行っていた。そんな働き方を、わたしは普通だと思っていた。正社員になったら自分もあんな風に、あるいはそれ以上に激しく働くのだと何の疑問もなくぼんやりイメージしていたのだ。そんな働き方がかっこいいとも思っていた。むしろ9時5時の公務員みたいな仕事はカッコ悪いとすら。

 

でもそうなると、大学を出たとたん生活のほとんどを仕事に捧げるような人生が始まるわけで、子どものころからずっと思い描いていた夢とは、完全に道が分かれてしまうのではないか。

あっちへ進んだら、もう戻れなくなるのではないか……。本当にやりたかったことを、やれないまま人生が終わっていくのではないか……。

 

身動きが取れなくなった。

 

実際にはそれでも、ぽつりぽつりと企業を受けてはいたが、当時は就職難のピークと言っていい時期で、わたしみたいな中途半端な態度ではどこにも進めなかった。焦ってはいたが、なんでもいいから決めないとという気持ちと、これまでゲームで勝ってきたのだからこれからも勝たなければという気持ちと、どこへも行きたくないという拒絶の気持ちが渦巻いて整理がつかず、結果、あろうことか大学へ行かなくなった。

そしてわたしは留年した。しかもそのまま3回も。

毎年3月になると不思議で仕方がなかった。なぜもう1年大学生をやらなくちゃならないんだと。試験さえ受けていないのだから当然なのだが、自分では何が何だかわからなかった。

出口のない迷路にいるようだった。

いや、主観としては、道を間違えた覚えはなかった。ずっと間違えようのない一本道だったと思う。歩いていれば出口に出られると思って歩いてきた。実際、周りのみんなはそうだったじゃないか。みんな、一本道を当たり前に歩いて当たり前に出て行った。今もその向こうの一本道を歩いているはずだ。なのになぜ、わたしの道だけ出口がないのだ。

もしかしたら、わたしのこの道は円環になっているのかも。わたしはここから一生出られないのかもしれない。

 

25歳になっていた。就活を先延ばしにして大学院に行った子たちでさえ就職したころだ。

大人になれないまま、年齢だけ増えていく。

当時、わたしは別に引きこもっていたわけではなく、普通にバイトへ行き、学生らしく平日のショッピングや映画鑑賞を楽しみ、なんならエキストラとして映画撮影に参加することすらあったわけだが、社会に対して申し訳ない気持ちがどんどん大きくなっていった。平日に映画へ行くと、電車の中にいる他の大人たちは当然みんな仕事へ行くような恰好をしているのだ。わたしだけがあちらへ行けないままでいる。わたしは社会に不必要な人間、社会から取り残された人間。そう思った。

「本当にやりたかったはずのこと」さえ、なんだか不完全燃焼のままだった。こんなことなら何も考えず就職活動を頑張っておくのだった。しかしそう思ってももう遅い。すんなりと就職した子達と、3年も留年しているわたしとでは、もうどうにもならないほど差ができていた。あの時拒否した道にさえ、もう戻れなくなっていた。「選ばない」という選択がこれほど重大な結果を招くとは。いや、わかっていたはずなのに目をそらしていた。

もう消えてしまいたい。生まれてこなければよかった。。。

 

しかし死んでしまうほどの勇気はなく、わたしはとりあえず円環状の道の壁に小さく穴をあけた。その穴がどこへつながっているかなどもうどうでもよかった。とにかくここから出なければ。そう思ってなんとなく目の前の壁の向こうへ出た。つまり就職をした。

そうやってここへ来た。26歳の時のことだ。

 

 

就職してからは、自分の価値がいかに平凡なものであるかを思い知るようなつらい瞬間が多かった。つまり、とてもつまらなかった。うちの組織の「指導的地位に占める女性の割合」が全国平均よりずっと低いこともあとから知った。もっとよく調べておけばよかったと少し後悔している。

けれど、あのとき「なんでもいいから外へ」と這い出したその選択は、正しくもなかったけれど、別に間違ってもいなかったなと思う。社会人になったからこそ見えたことはたくさんあるし、いい出会いはたくさんあったし。あの時点ではもう他に選びようがなかったのだし。

 

「その人生がこの先ずっと」と重く考えるからしんどいし怖くなるのだけれど、実際にはきっとそんなことはないし、「とりあえず次の場所へ進む」ための選択は、必要で、悪いことじゃない。と今は思う。

 

とは言え、じゃあ6年前に戻ってもう一度「とりあえず次の場所へ進む」ための就活を頑張ってみるかいと言われれば、それは御免こうむりたいけれど。だってきっとわたしは、「夢」みたいなふわふわしたものを追いかけてまた同じことを繰り返すに違いないからだ。

そう、ぐだぐだして選べていないようでいたあの頃だって、わたしはちゃんと大事なものを選んでいたのだ。結果を出すまでには至らなかっただけで。

そしてこれからもそうすると思う。時には人と違うペースでしか進めなくなると思うし、自分で自分の首を絞める結果になることだってあるだろうけれど、自分で納得できないものは、選ばない。というか、そういう生き方しか、たぶんできないのだ。

 

 

 

夢と仕事と結婚と(?)

気づいたら前回の記事から2か月もたっている。

 

この間、年度が替わって残業が続いたり生まれて初めてフェスに参戦したり、アートイベントのボランティアスタッフをやったり、そして以前の記事でも書いたように転職活動をしたりしていた。

というか、現在進行形でしている。

わりと忙しい。

honto-no-honto.hatenablog.com

 

内定には当面たどり着きそうにない。

今の職場での勤務経験なんて、「腰掛けの事務員さんかな?」程度のものしか任されていないので、普通に転職活動をしたら今より待遇の悪い所へしか行けないと思われたため、21,2歳の若者に交じって定期採用枠に応募している。

28歳でそもそも受けられるのか?とも思ったが、年齢要件の緩い会社も探せばいくつか見つかった。とはいえ、3つ応募したうちの2つは、まさに今日不採用の通知が来ていたから、まあ普通に考えて不利なのだろう、とは思うけれど。

わかっちゃいたけど、不採用通知は意外と落ち込む。

 

あと年齢をあまり気にしなくていいところとなると、公務員試験。とりあえず受けられるところは全部受けていくスタイルで。

秋か冬くらいになってまだ内定がなかったら、その時は転職エージェントに頼ったりして普通に転職活動をしようかと考えている。わりとのんびりしたプランだ。4月から係の人数が減らされたので、できれば年度末まで今のところで働いて責任を果たしたいためである。

 

 

しかし、ここのところ、

「自分は一体何をやりたいんだろうなあ」

勤務時間中でもトイレの中なんかでぼんやり考えてしまう。

 

ゴールデンウイークは5日間ずっと彼氏と過ごした。ろくに公務員試験の勉強もせずに。もうべったりである。

 

「別に仕事なんて激務じゃなければなんでもいいじゃん。この人とべたべたする時間がたっぷりあれば人生それでいいじゃん」

とわたしの中の怠惰な私がわたしにささやく。

そうかもしれない、と思いつつ、なんだかそれでは負けを認めるようでちょっと怖い。負けを認める、というか、これまでの自分の生き方や価値観に赤ペンで大きく×をつける、というか。そしてこの先何年も、「こんな人生をわたしはもう選んでしまったのだ」と、後悔とも諦観ともつかないため息をつきながら生きていく気がするのだ。

 

 

「自分は何をしたいのか」を自問自答するとき、必ず顔を出すのが子どものころからの「夢」である。今や滅多に手にすることもなくなったそれが、「呼んでいるのは僕のことでしょう?」とにやにやしながらすり寄ってくるのだ。もはや呪いでしかない。

やめてくれよ、君がいると他のことを考えづらくなるんだ。もういいかげん他所へ行ってくれ。

右手を振り回して「彼」を遠ざけながら、左手はちゃっかりその服の裾をつかんでいるのだから始末が悪い。

「彼」は髪がさらさらして頬のぷっくりした無垢な少年としてわたしの眼には映っているが、傍から見たら、もう動かない、物言わぬミイラを抱いているようにしか見えないのだろうな、と思う。

大人になっても漠然と抱えている夢って、たいていそんなものだ。

 

 こんなものを抱えたまま、あの人と生活するなんてできそうもない。

 

そう思い至るとわたしはうろたえ、そして一人になりたい、と思ってしまう。けれど次々やって来るエントリーシートの締め切りや面接の日程に追い立てられ、自分に発破をかけて志望動機をひねり出しているうちにそんなことも忘れ、忙しさの中に充実感すら見出してしまう。そしてふとトイレの中なんかで自問自答したりして、エンドレス。

最近、ふわふわと浮ついて地に足がつかない感覚が増している。

 

幸せになりたいとも楽になりたいとも思わないけれど、もう少し具体的な形ある人生を送りたいな、とちょっと思う。

仕事ってそういうものなのだなと改めて認識した話

この一年間、日々の業務の合間にコツコツ進めてきた仕事がある。

本当はわたしの仕事ではないのだが、担当者がメンタルにちょこっと問題のある方で、わたしが「お手伝いする」という名目でガッツリ中心になってやらせてもらっている。

 

重要性でいえば大した仕事ではないのだが、数十ページある冊子を作るということで、準備することも多く大変勉強になった。現場の声を吸い上げるため関係者に集まってもらって会議を開いたり、事実確認をするため過去の資料をひっくり返したり、他部署に聞き取りを行ったり。普段やってるわたしの業務はやり方を教えれば中学生でもこなせそうな単調なものが大半であるから、これは貴重な経験。「仕事の練習」という感覚で取り組ませてもらった。ありがたいことである。

 

 

取り組みはいよいよ最後の仕上げに入っている。担当者としてはモノはもうだいたい出来上がったつもりでいるが、上司に最終チェックをしてもらうのだ。「忙しいから無理」と断られに断られてきたが、年度末になりようやく実現。

 

「やっと完成しますね!」

本来の担当者である先輩に、晴れ晴れと話しかけた。先輩もニコニコしている。

 

小さな会議室にて、先輩と係長とで課長に内容を説明する。

課長は重箱の隅をつついてつついて、2分で済む指摘を10分かけて盛り上げに盛り上げて指摘してくスタイルの方であるため、打ち合わせはなかなか進まない。わたしの目はどんどん死んでいく。ここの会議室は簡易的なものなので、椅子もパイプ椅子しかなく、だんだんお尻が痛くなってくる。課長はご自身のお肉がクッションになるからあまり痛くないんだろうなぁなどとぼんやり考えながら、指摘事項をメモ。

 

そしてどうだろう。打ち合わせが進むごとに、オセロがひっくり返るごとく、あれよあれよと内容がひっくり返っていくではないか。とくに現場の方から意見を聞いて反映させた部分はことごとく覆っていく。

ここもバツ、ここもバツ、ここもここもここもバツバツバツ

 

「現場の実情なんかどうでもいいんだよ。これで何かトラブルがあったら困るだろ」

 

声を荒らげる課長。つまり何かあったときに責任逃れができるやり方をしろということである。管理職目線ってやつですね、大変勉強になります。

 

 

そろそろと頭痛の予感がしだしたころ、午前・午後と続いた打ち合わせが、やっと一段落。会議室を出ていく課長を悶々とした気持ちで見送ると、係長から耳打ち。

 

「課長はおそらく今年異動になるから、とりあえず今年は課長の言う通り仕上げて。不評なら来年度以降また直していきましょう」

 

なるほどそういう仕事の仕方があるんですね、大変勉強になります。疲れ切って乾いた笑い声を立てながらわたしは頷いた。

 

 

 

……なんだか愚痴っぽいエントリーになってしまったが、愚痴が書きたかったわけではない。仕事ってそういうものなのだなと改めて認識した、と言う話。

会社あるいは自分の立場を守るのも、上司の圧力をやり過ごすのもとても大事。とても現実的。お客さんだけ、現場だけ見ていては駄目なのだ。それが今回の気づき。わたしも社会人になったのだなあとしみじみしている。

 

しかし願わくば、わたしはもうちょっとバランス感覚のある大人になっていきたい。

いろんな人の思いや圧力をどう縫い合わせていくか、あるいはかわしていけるか、がわたしの今後の課題だな。頑張りましょう。




(でも自分で指摘して直させておいたのにその事を忘れて、同じ場所を「ここはおかしいだろ」と元に戻させるのはちょっとやめてほしいかも☆)(結局愚痴になった!)

恋と転職

だいぶご無沙汰しています。

皆さんいかがお過ごしですか。

 

さて、以前の記事で書いた人が彼女に振られたというので順位繰り上げ(?)でわたしが彼女ということになった。らしい。

honto-no-honto.hatenablog.com

 

以来毎週末会っている。大抵、金曜の夜から日曜の午後までを二人ですごす。

 恋愛ってこんなにも時間をとられるものなのか、と28歳にしてそんなことに驚いている。なにせ前の人とは月1くらいでしかデートしなかったものだから。

 

休日がそんな感じになってしまったし、平日の夜は大抵ファミレスで勉強して帰るので、ひと月半もブログが書けなかった。

本当はこのあいだのフルマラソンの感想とか、職場の人に誘われてゴルフを始めた話とか、ド田舎にある同僚の実家に泊まりに行った話とか、書きたいことがたくさんあったのだけれど、なんだかんだと入ってくるスケジュールに押し流されて気づけば春の目の前まで来ていた。

 

なんとか今週は、「友達と遊ぶ予定が入っているから」と噓をついて、数週間ぶりに彼女業に休みをもらった。(本当はただ資格の検定試験を受けていただけだが、勉強しているというのが何だか恥ずかしいことのように思われてリア充ぶった嘘をついた。)

 

土曜日の昨日は、久々に朝からスタバへ行き、休日の時間を全部自分のために使えることの幸せと贅沢とをあらためて認識した。時々はこんな日がほしい。

 

 

とかなんとか書いているものの、すでに交際に嫌気がさしているとかそういうことは全くなく。

通勤路をてくてく歩いている途中にふと相手と自分との似ている点を数えだして、「こんなに似ているのは、きっと生まれる前は同じ人間だったに違いない。生まれる前に存在が二つに分かれて、今やっと片割れに再会したのだな」などとメルヘンなことをナチュラルに考える程度には、酷く恋をしている。

女の子たちからは「彼女に振られたからって簡単に乗り換えるような男でいいの?」と言われるがそんなことどうでもいい。

一日のうちの13時間くらいは相手のことを考えている。きっと今IQテストを受けたら、もともと高くないスコアがさらに急落していることがわかるに違いない、と自分で思う。

 

 

と、いうわけでわたしは転職することにした。

なにが「と、いうわけで」なんだよ、と突っ込みが入りそうなので、ざっくり説明すると理由は以下の通り。

 

 

正直、彼女がいたのにわたしと浮気をしていたような人であるし、わたしにはこのブログにも書いていない、知られたら100年の恋も冷めるかもしれないちょっとした秘密もあるから、「いつかわたしも紙くずのように捨てられてしまうのかね」とも考えないでもないが、上記の理由の4番目が大きすぎて、大きすぎて。

 

大学を何年も留年し、働きたくないな、でもずっと学生でもいられないしな、もう人間やめたいな、などと考えていたころ、父に相談すると、「じゃあこういう業界どう?」と勧められたのが今いる業界だ。

地元に帰るの嫌、だれもわたしのことを知らない土地がいいということで東京もダメ、でももう方言はこりごり、ということで関東。その中で「このヘンならわたしなんかでも雇ってくれるんじゃね?」と舐めくさった消去法で受けたのが今の会社だった。

 

……文字にすると我ながら最低である。でも一応言い訳させてもらうと、わたしが大学で就活していたころはちょうど就職難の大嵐が吹き荒れていて、夢も希望もなかったのだ。

そんな中ホワイトな会社に奇跡的に雇ってもらったのだから文句を言うべきではないのだろうが、いかんせん暇で暇で仕方がない日がたくさんあって困る。

 

2年間穏やかな職場で規則正しく働いてみて、最近はすこし気力が戻ってきた。気力が戻ると欲がわく。楽すぎる仕事は存在意義を見失ってかえってつらい。

今の職場でも何人か尊敬できる先輩や上司もいるが、もう一度自分の人生をきちんと自分で選びなおしてもいいんじゃないかと思う。甘いだろうか? でももう一回頑張りたいのだ、わたしは。楽な仕事がしたくて大変な受験勉強を乗り越え大学に進学したわけじゃない。

 

 

彼には良いきっかけをもらった。

一緒にいてこれほど幸せな気持ちになり、かつ気取る必要がなくてラクな相手に巡り合えるなんて人生で初めてだし、この先ももうないだろうから、いつまでも寄り添っていけたらいい。そのための最大限の努力はしたい。

でも一方で、わたしの悪い癖で、どうしても上手くいかない未来を同時に想像してしまうのだ。仕事中でも気持ち悪い思い出し笑いをしながら、同時に紙くずのように振られる未来を想定している。だから、「それでもここからがわたしの人生だ」と前向いて大股で歩いていけるような仕事を探そう、と決めた。

 

ホキ美術館で写実画を見たので感想を

先日、ホキ美術館に行ってきた。

 

写実画ばかり展示している美術館。

人物画、風景画、静物画、いろいろあったがどれも一瞬写真かと見紛うほどリアルで精緻な絵だった。

久々に、純粋に絵に対して「あ、いい」とときめいたのでちょこっとだけ記録しておく。 

hoki-museum.jp

 

一見写真のよう、でも写真じゃない。

去年、原美術館でやっていた篠山紀信の写真展なんかも見に行ったが、それよりもこっちのほうがわたしは心を動かされた。(テイストが全く違うので比べるのはおかしいのだけど)

 

写真と写実画と、何が違うのだろうと考えてひとつわかったのが、写真には必ず被写体があるということ。

原美術館で見たのはヌード写真だったけれど、人物を撮った写真なら、たとえモデルの顔が見えないような角度で撮られていたとしても、彼女(彼)は確実にそこにいるのだ。生々しい人間が、カメラマンの意思を越えて直接鑑賞者に存在を主張してくる。良くも悪くも。わたしにはそれがどうにも邪魔だった。

 

しかし絵はそうでない。どんなに写真のように精密に描かれていても、もしかしたらそれは現実には存在しないものや人かもしれないのだ。

だからモデルの個性は消えて、ただ作家が美しいと感じたものだけがそこに現れる。

 

それが、わたしがときめいた理由だと思う。だって、わたしもいつも見ているのだ。とても美しいものを。友人のふとした表情とか、電車の窓から見えるごちゃごちゃした街の向こうの富士山とか、ちょっとスカートが翻った時のその角度とか、仕事帰りになんとなく振り仰いだ空の色とか、たまたまエレベーターに乗り合わせた女性の、ストッキングに包まれた若い脚とか。

 

でもそういうのは写真には写らない。何の変哲もなさすぎるし、第一いらないものが写りすぎる。いや、本当に上手な人ならちゃんと表現できるのかもしれないけれど。でもだいたい、綺麗に見えた友人も写真に撮ってみればたいした美人ではなかったりするし、汚い街並みの向こうにちょこっとだけ顔を出している霞んだ富士山は、自分の目で見ているとき以外美しくは見えないと思う。

 

人間がものを見るとき、写真のようには見ていなくて、たいてい、見たいものを見ている。ふと何かを見て「ああ、綺麗だな」と感じるとき、わたしはその「ああ、綺麗だな」と感じた印象だけを見ている。友人の横顔を美しいと感じるとき、わたしはその友人を見ていない。彼女の性格がいいとか悪いとかどうでもよくて、ただ美しい光と形を見ている。

 

その感覚と、今回ホキ美術館で写実画を見て感じたものが、とても似通っていたのだ。

極限までリアルに描かれた絵からは、却って対象の存在感は薄れて、作家の理想が出現し、彼らが現実の奥底に見た「美そのもの」とかそういうものが色濃く立ち上っていた。だからわたしは安心して、立ち現れた「美」だけを眺めることができた。そのことが何だか、共感を得たような気持ちにさせる。わたしは安堵し、懐かしいような気持ちになった。

 

 

もちろん、美しさを追い求めた絵だけではなかったけれど、やっぱり単純にきれいなものがわたしは好きなので、「とにかく美しい」絵しかあまり記憶に残っていない。

現代の絵画には、「思想」とか「哲学」がいつもついて回る印象があるけれど、ホキ美術館で見た絵には、そんなもの関係なくただ純粋に「美しい」を追い求めたような作品がたくさんあったのも、楽しめた要因の一つだと思う。

 

 

帰りに、裸婦画のポストカードを一枚買った。

f:id:honto-no-honto:20170115161208j:plain

美術館の建物自体も素敵だった。

ギャラリーは湾曲した細長い回廊のようになっていて、そこに展示された絵を一枚一枚眺めているうちに非日常の世界に入り込んでいけるかのようだった。

 

良い時間を過ごせた。

今年中にまた行きたい。

コツはとにかく「がんばらないこと」

休日に早起きして洗濯物を干し(部屋干し)、化粧もしてさあ出るぞ!というところで天候により今日のマラソンの練習会が中止になったと連絡を受けた。

昼過ぎまでの予定が消えて突然暇になってしまったのだが、コンタクトレンズ(ワンデー)もしてしまったし今から二度寝するのもなあ、というわけで朝っぱらからブログを書いている。

 

 

この練習会はだいたい月1で行われているが、月謝や年会費を払ってキチンとレクチャーを受けるような本格的なものではなく、都度1,000円程度の参加費を払って自分の行きたい時だけ参加できるゆるいものだ。主催者もスポーツのある一部に関しての専門性は持っているようだが、マラソンに関しては特別速いわけではない普通の市民ランナーで、いつもゆるゆるとおしゃべりしながらLSDをやるだけである。

参加者は、レギュラーメンバーのように毎回出ている人もいるが、わたしのように予定の合う時だけ現れる人もいるし、「ネット見て来ました」と言ってやってくる初参加の人がいつも3割くらいはいる。いつでも着脱可能な会である。

 

このゆるさがいい、とわたしは思っている。

 

よく、「趣味で時々ジョギング程度はやるがマラソン大会に出たことはない」くらいの人たちから「どうやったらフルマラソンなんて完走できるの?」などと聞かれるが、何のことはない、頑張らなければいいだけの話である。

そりゃあ、好タイムを狙うなら必死の練習も必要だろうし本番も必死に走らないとならないだろうが、完走だけが目的なら週3日程度の練習でも足りるし、東京マラソンのように制限時間の長い大会なら、本番もおしゃべりしたりおやつを食べながら走ったってゴールできるのである。

頑張りすぎちゃうといやになっちゃうし、35キロを過ぎてパタッと足が動かなくなったりもするらしいから、コツはとにかく「がんばらないこと」。そんなんでも続ければ次第に距離は伸びるしタイムも多少は縮むのだ。

 

練習会もだから、「絶対行かなきゃ」とか「次回までにこれくらい筋トレして体作っておかなきゃ」みたいなプレッシャーのあるやつはダメで、「まあ、行ってみるか」くらいのテンションでふらっと参加できるものが、辞めずに続けられて却って力が付く。と思っている。

 

無理をしない。これが大事。

 

最近特に、このことに気を付けて生活している。

というのも、最近のわたしは大学に入って間もないころのわたしとテンションが似ているからだ。

大学1,2年のころのわたしは、夏目漱石の三四郎よろしく、これまで田舎で経験してきたことはいったい何だったのかというくらいに見るものすべてが強烈な鮮やかさをもって感じられ、しかも自分もその一員になれるのだという気がして、興味が向いたものにはなんにでも首を突っ込んでみた。そして首を突っ込むと、頑張らないではいられなかった。

試験に結びつかないものでも気になることがあると図書館へ行って文献を探したし、サークルでは自分で脚本を書いて映画を撮っていた。バイトは「楽に稼げるか」よりも「興味ややりがいを感じられるか」を基準に選んで苦手な接客もこなし、それも一時期は海外へ行く資金をためるべく掛け持ちもしていた。海外でインターンもしたしそのための英語の勉強もした。もちろん、趣味の読書もしていたし、そのころから時々ジョギングもしていた。そして対人コミュニケーションに関しても、「うまくやらなきゃだめだ」とか「周りのリア充大学生たちと同じようにキラキラしてなきゃだめだ」っていうストレスを勝手に感じていたように思う。

 

そのくらいのことを軽々こなす要領のいい人もいるだろうけれど、まあ、わたしのキャパは間違いなく超えていたわけだ。今になって考えると。

歯車がうまくかみ合って全部回っているうちはよいのだが、どこかで躓くとたちどころにダメになる。なにせ全部の歯車をフル回転させている状態を自分のデフォルトだと思い込んでいるので、どこか一部がダメだと理想との乖離に必要以上に焦ってしまい、そして全部嫌になってしまうからだ。

 

その結果が3回もの留年である……というわけではなく、留年は他にも原因がいくつかあるのだが、でも要因の一つであったことは間違いない。

 

 

そして最近、あの頃のテンションと似てきているのだ。

いろんなものに興味が出てきて、本を読む量が増えているし、実際に足を運んだりしている。趣味に関しても、仕事に関しても、人付き合いに関しても。

心躍る楽しいことがたくさん。

 

これは良くない兆候。

留年時代のモグラ生活再びか。そう思ってわたしはひやひやしている。

 

 

がんばってはいけない。理想を高く掲げすぎてはいけない。

 

そう、このマラソンの練習会のように。細々とでも続けられれば何かしら得るものはあるのだから、まずは気楽にやれる程度から。肩の力を抜いて。ゆるっとね。人に好かれるとか嫌われるとかもはやどうでもいい。自分が心地よいかどうか。

 

そうやって少しずつ走れる距離が延びるように、ゆっくりと人と仲良くなれたらいい、仕事で成長できたらいい。

そしていつか、ほんとのほんとの踏ん張りどころに直面したら、その時だけ、気合をいれましょう。

 

 

さて、練習会は中止になったが天候は回復してきているようだ。せっかくだから、のんびりジョギングに出かけようかな。